タイムマシーンラグ

ラグの始まりから現在まで。色々なエピソードを交えてご紹介します。

1984年

北山ジャズスポットラグのカウンター

左より近藤等則(tp)市川修(p)

ラグの想い出・・・ハヤシツトム

初めてラグに入ったのはもう30年くらい前の事です。
当時、美大に通ってた僕は、非常勤助手の先生のアパートで作品製作のお手伝いのバイトをしていました。
先生の部屋には訳のわからんJAZZやBluesのLPが並んでいました。
「ハヤシ君…チョット休憩してコーヒー飲みに行きましょ。」
珍しくご馳走していただけるというので、いそいそと原チャリ2台で北山の喫茶店へ…
へ〜これが小説とかに出てくるJAZZ喫茶か〜…
僕は初めて入る店にやや緊張…先生がコーヒーを注文したので、僕も同じく…そして、僕の中にフツフツと
湧き上がる欲望…あれや…JAZZ喫茶と言えば、リクエストとかしたらカッコええんちゃうのん♪…
「先生、リクエストとかしてもいいですか?」
…そして、コーヒーがきた時に、マスターに人生初のリクエスト!
「リクエストしてもいいですか?アート・ペッパーのBlue Bossaをお願いします。」
マスターは愛想良く、満面の笑みでLPに針を落としてくれました♪
JAZZが流れる店でのコーヒーブレイク…ええやん…大人やん…♪
なぜこの曲をリクエストしたのかは忘れてしまいましたが、多分、当時読んでいた小説か何ぞに登場していて、
リクエストしたらカッコエエと思い込んでいたのでしょう。
「そろそろ帰って続きをやりましょ。」休憩時間はあっさり終わりました。
「ゴチソーさまでした♪」と席を立ち、機嫌良く帰る僕らにマスターが申し訳なさそうに一言。
「あの…Blue Bossa、もうすぐですけど…。」
リクエスト曲が入っているのはA面の最後の方〜!まだ流れとらんがな〜!恥wwwwww!
それ以後、一年くらいお店に入れませんでした(笑)

1986年

前身である北山Jazz Spot RAGのステージ風景

長細い店内は50人も入ると満杯になった。まだビンビール時代。
左から青柳誠(P)中嶋明彦(B)市川修(Sax)井上智(G)東原力哉(Ds)

RAG名物、宣伝コーナーの元祖MCは 須田社長(通称ラグマス)、当時29才。

左より市川修(p)佐山雅弘(p)ラグマスこと須田社長(sax)

1981年〜88年|北山ジャズスポットラグ

レコードジャケットの世界が壁一面に飛び出した、紫煙がしみる昔の店内

店内に電話ボックス?!

店舗の中になぜか可愛い電話ボックス。その前にいるのは謎のロンリコ火吹き男。
いろんな輩が火を吹いていた。

変わらない打ち上げテーブル

今もなおレジ前で大活躍している 打ち上げテーブルは、創業時にオーダーメイドされた一品もの。
ラグの歴史を一番知っているのはこのテーブルであるのは間違いない。

1988年

エルビン・ジョーンズ(ds)とラグマス須田、河上ひかる

「エルビンのおかげで、今があります。」・・・河上ひかる(ラグ・インターナショナルミュージック 取締役)

1988年1月14日15日、「エルビン・ジョーンズ&ジャパニーズ・ジャズマシーン」ライブは、大げさではなく神懸かったライブだった。
エルビンは、「まるでヴィレッジ・バンガードで演ってるみたいだった。」と語り、サックスの高橋知己は「いつも(自分がステージで)ああなれると思ってはいけない。」と打上げの席で自分に言い聞かせるように言った。
カウンターでいつもはお客さまやスタッフの動きに目を光らせているラグマス須田もすべてを忘れて、目を細めて
ライブに聴き入っている。
当時大学4回生、アルバイトの私はまだジャズと出逢って日も浅く、
「歌もない音楽なのに、なぜこんなに涙が出てくるんだろう?」
ライブを聴いて泣いている自分に、素朴に驚いていた。ライブの後も1週間、思い出すだけで泣けた。
<音楽>から受けた純粋な感動が私の中で大爆発を起こしたのだ。まさに人生を大きく変えるビックバンだったと、
後年思う。

エルビンがドラムを叩いているジョン・コルトレーンのアルバムを教えてもらい、聴き漁った。『至上の愛』には特に心酔した。当時、心理学を勉強してカウンセラーを目指していたのだが、この出来事を境に「素晴らしい音楽を聴ける
<場>を作ることは、カウンセリングを超える。」と、<音楽の力>を確信して、この世界に飛び込んだ。
今年で創業32年、私が関わってから26年。それは大変なこともあるが、<音楽>が今もなお私を失望させること
なく、燦然とオーラを放って輝いていることは言うまでもない。
怯んでいる時にこの写真を見ると、もう一度<音楽の力>を信じようと力が湧いてくる、そんな私の原点といえる
一枚です。

Live spot RAG オープニングパーティー

9月30日、オープニングパーティーでの1ショット。この日、新たな歴史が始まった。
左から、須田社長、初代店長山崎伸晃(現在live&sake NEGA POSIオーナー)、取締役河上ひかる

まだ、後ろの壁は真っ黒。ステージと客席の境がなかった。
左から板橋文夫(p)神田芳朗(b)

ライブスポットラグ開店当初、円形テーブルやカウンターの上にはこんなおしゃれなロゴ入りガラス板が載っていた。

ラグの想い出・・・ハヤシツトム

ライブが終わって、ミュージシャンがそれぞれに一杯やりはじめた時に、2人の学生風の男の子達が、村上ポンタ秀一のテーブルに恐る恐る近付いて来た。僕は二つ離れたテーブルで飲んでいたので、2人の様子は自然に目に入る。
…この子ら明らかにビビッとる…と、片方の男の子がポンタさんに「あの…先が欠けたり折れたりしたのでいいんで…
スティックを1本もらえませんか?」

2人はポンタさんファンみたい。わかる…わかるわ…その気持!それを聞いた彼はおもむろにボーヤ(ローディー)に
パンパンに膨らんだスティックケースを持って来させ、ケースのジッパーを下ろし、チョット口角を上げたかと思うと
スティックを床にぶちまけ…

グワッシャーン‼バラバラ…「全部持ってけ!」
二人は嬉々としてスティックを拾い集めて、握手をしてもらい、小走りに帰って行きました。
ポンタさん、カッコエエwwwwwww(≧∇≦)
20年程前のラグのステージ右手の柱前での出来事でした。

写真は北山ジャズスポットラグでドラムを叩く村上ポンタ秀一(ds)

1988 〜 2004年|RAG N.Y.OFFICE

1988年9月、木屋町三条のLiveSpot RAG移転工事中に社長須田が旅立った先は、N.Y.。
「N.Y.にRAGの拠点を作りに来ました!」血気盛んな須田に、「私たちが力になれるかも。」そう言ってくださったのが、『録音芸術の巨匠』、後にグラミー賞も受賞したレコーディングエンジニアのディヴィッド・ベイカー氏とキョウコ夫人でした。新星RAGの名刺"RAG N.Y.OFFICE"という文字が加わり、私たちは夢と勇気をもらいました。

「 ジョージアダムスコンサート 」

1990年9月大阪花博ファイナルウィークのN.Y.ジャズコンサート。

N.Y.OFFICEとの連携で制作。ここでのキャリアが「音楽企画制作部門」の礎となり、現在の全国各地での音楽企画制作へ続く。佐世保「SUNSET JAZZ FESTIVAL」の制作は20年以上続く!

「 山下洋輔N.Y.トリオライブ 」

2002年7月N.Y.のジャズクラブ「iridium」での山下洋輔N.Y.トリオライブ時のワンショット。

左よりディヴィッド・ベイカー夫妻、セシル・マクビー(b)、山下洋輔(p)と社長須田。
ディヴィッド・ベイカーは、山下洋輔N.Y.トリオのアルバムを結成当時からずっと手がけていた。彼はスタジオラグの「レコーディング部門」でもスタッフたちに大きな影響を与え、多角的にRAGの発展に貢献してくれた。しかしながら「RAGMANIA 」レーベルのN.Y.レコーディング構想中の2004年、急逝。

ライブスポットラグ 店長 秋葉の変遷|Since 1989 〜

ラグ特攻隊長時代。

1990年7月 イカ天バンドブームの渦中、「アマバンヤミナベ大会」などでブイブイ言わせていた。当時24歳。

東原力哉(ds)マネージャー時代。

1995年 全国津々浦々ツアーしていた修業期間。

土岐英史(as) 佐橋佳幸(g)らとの打ち上げ風景

2002年 現在とあんまり(ほとんど)変わらない。

1993年

現在もお客さま対応にMCに厨房にと大活躍の松尾小百合嬢のアルバイト時代。彼女もまた秋葉店長と同じくアルバイトからのたたき上げスタッフ。

スタジオラグ × ライブスポットラグ 連携企画!
1995年11月スタジオラグ伏見店がオープンして以来、RAGを取り巻く音楽シーンは、よりフレキシブルで面白いものになっていきました!

2000年3月29日「ライブやってみない会?2」

1999年12月から6回に渡って開催された、スタジオラグ主催イベントの先駆け。(後援 FM京都)日夜練習に励むバンドキッズたちに「スタジオから飛び出して、ライブやってみないかい?」と、ライブハウスでやる醍醐味を伝えた好評企画だった。

2011年8月14日「シェケナベイベー!!! Z」

京都の学生ライブイベント、通称「シェケナ」。2008年7月、各大学サークルの代表バンドが集まり「…シェケナベイベー!!! ~GO AHEAD STUDENTS~」を開催。
多くの支持を頂き、2010年4月からはマンスリーイベントとしてシリーズ化。2011年度も「シェケナZ」として、絶賛進化中!

スタジオラグ北白川店の一番大きいスタジオでは、ライブイベント「ミニシェケナ」が随時開催されている。
まだライブハウスでライブしたことのないバンドさんも、気軽に問い合わせてみてください。

創業30周年祭

同時代を走ってきた盟友「ナニワエキスプレス」のメンバーたちと。
左から中村建治(key)、元VOWWOWの人見元基(vo)、岩見和彦(g)、安達久美(g)、清水興(b)、
東原力哉(ds)、力哉ローディと。

RAG名物どんぶりの思い出・・・S.H.

昔RAGには、いろんなどんぶりメニューがあった。「あげだし鶏丼」「ソースカツ丼」「キノコクリーム丼」なんていうのもあった。そんな長い歴史の中、淘汰されて生き残ってきたのが、「豚キムチ丼」と「ツナおろし丼」だ。
仕事帰りライブハウスに飛び込んで、豚キムチ丼をほおばりながらライブを聴くのはたまらない。パンチの効いた味で空腹を満たしてくれる。
RAGのツナおろし丼も、なぜかおいしい。以前、「あんな簡単なメニュー、ここでわざわざ食べんでも自分でも作れるし。」と思って、家で作ってみた。
でも、なにかが違う。なぜか違うのだ。皆さんも試してみるとよい。RAGで食べるツナおろし丼には敵わない。
音楽の魔法がかかっているのか?
松尾さん教えて!

創業30周年祭打ち上げ大宴会にて 社員記念写真 2012年1月

スタジオラグ

スタジオラグ誕生の地 スタジオラグ伏見店

スタジオラグ一号店!始めは地階の2ルームでスタートした。
その後、オフィスのあった3Fもスタジオに改築され、4ルーム+コントロールルーム+ボーカルブースの
レコーディングもできるスタジオに進化した。

本社機能のあるスタジオラグ河原町店

ライブスポットラグに徒歩1分で行ける絶好のロケーションに本社ビル完成!
三号店スタジオラグ河原町店は本社機能があるので、様々な人が出入りする。
ライブスポットラグに出演のミュージシャンや業界人が来ることも多く、1Fのミーティングスペースは、
いつもごった返している。

2カ月に1度の割合で、RAGのCSR活動としてパーカッションサークル@RAGが地下スタジオで開催されている。
参加費無料、先着20名様。
詳しくは、http://blog.goo.ne.jp/studiorag まで。

スタジオラグ北白川店

アニメ「けいおん!」の舞台のモデルが多数存在する京都市左京区に位置し、スタジオラグ北白川店もアニメ第二期の第17話に主人公達が訪れたスタジオ「STUDIO PAC」の外観モデルになっている。

2010年8月、4号店スタジオラグ西院店オープン!

既存の三店舗とは全く違った内装で仕上げ、今までのスタジオのイメージを一新する " 明るく入り易いスタジオ " としてオープン。10代の若者や女性の来店も多く、セミナー等のカルチャーイベントも多数開催されている。
レコーディング設備には関西初、国内2台目となる、フルディスクリート構成のapi 1608アナログコンソールを導入し、経験豊富なエンジニアが関西最高クラスのレコーディングクオリティを日々提供し続けている。

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