「Music for Reading from KYOTO RAG by Hikaru Kawakami」発売記念 スペシャル対談
武井伸吾|Shingo Takei

星景写真家

1969年神奈川県川崎市生まれ。
小学生の頃より星空に親しむ。
1997年、極寒のモンゴルで皆既日食とヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)を見たのを機に天体写真撮影を始める。
1998年頃より天文雑誌等に作品を発表。
現在は、“星と人とのつながり”をテーマに星景写真(星空のある風景写真)を中心に撮影。星空の持つ“温もり”を描き続けている。
2008年秋より、国際プロジェクト「The World At Night(TWAN)」に参加。2012年、TWAN写真集「地球の夜」(原書房)の日本語版監修を務めた。
著書に写真集「星の降る場所」「星空を見上げて」(ピエ・ブックス)がある。

武井伸吾 ウェブサイト:http://takeishingo.com

河上ひかる|Hikaru Kawakami

(株)ラグインターナショナルミュージック 取締役/プロデューサー

(株)ラグインターナショナルミュージックの立ち上げから参加。
 2010年10月、山下洋輔、日野皓正、岡本博文、安達久美が読経に向かい即興演奏を繰り広げる、異色のコラボレーションアルバム「慈愛LOVE」をプロデュースし、話題となっている。
 2012年9月、 ディスクユニオンBIBLIOPHILICより、星景写真集を見ながら聴きたい楽曲をRAGMANIAレーベルの中からセレクトしたCD「Music For Reading from Kyoto RAG by Hikaru Kawakami(通称:MFR)」をリリース。
 パーカッションサークル@RAG(http://blog.goo.ne.jp/studiorag) も主催。

始めに

 ディスクユニオンさんから「『読書のための音楽レーベル』を作るので、好きな本に向けて、1タイトル作らないか?」とお声がかかり、まず取りかかったのはコンセプトにする本探しでした。
私が選んだ本は、「フォトミュージアム 地球の夜 ~空と星と文化遺産~(以降、地球の夜)」(原書房)と「星空を見上げて」(ピエ・ブックス)。

 私は、これら壮大な星空の写真集を見ながら聴いてみたい曲をRAGMANIAレーベルの作品の中から選びました。
当初、星景写真家の武井伸吾氏は遥か星空の彼方の方だと思っていましたが、ネットで“たまごかけご飯が好きなプログレ好きの音楽ファン”だということを知りました。親しみを感じて連絡してみましたところ、デモ音源を気に入って下さり、いろいろとご協力いただけました。

 今回は、アルバムのパッケージを開けて間もないタイミングで、武井氏とアルバムのこと写真集のことを語り合いました。

フォトミュージアム 地球の夜 ~空と星と文化遺産~

国際プロジェクト”The World at Night”(TWAN)に参集した30名のフォトグラファーによる、驚異の天体写真133点を収めた星景写真集。

星空を見上げて

TWANのメンバーで、「地球の夜」の日本語版の監修もした武井伸吾氏の写真集。

河上

おかげさまで「Music for Reading from Kyoto RAG by Hikaru Kawakami」が完成しました!
制作にあたり、素晴らしいインスピレーションを与えてくださり、また出版社との間に入ってご協力いただき、ありがとうございました。
あの二冊の写真集に出逢わなければ、このアルバムが世に出ることはありませんでした。


武井

リリースおめでとうございます。そして、こちらこそありがとうございました。TWANや僕の写真がきっかけになり、このような素晴らしいアルバムへと結実したことを本当に嬉しく思います。
お話を聴いて、まずはどのような曲が選ばれるのか興味津々でしたが、デモを聴かせていただき、ぜひご協力させていただきたいと思いました。


河上

完成したアルバムを手に取られて、いかがでしたか?


武井

こうして出来上がったCDを聴いていると、コンセプト通り写真集を眺めるのに心地いい音たちですね。もちろん、じっくり聴き込むこともできるという懐の深さがあると思います。デモを聴かせていただいた段階で、選曲が粒揃いであることはわかっていました。でも、音楽アルバムって曲順がすごく重要じゃないですか。
写真集も、写真の順番によって印象が変わりますが、音楽アルバムも同様ですよね。デモから曲順が洗練されて、ひとつの大きなメロディが完成したと感じました。特にラストの余韻が僕は好きです。


河上

“ひとつの大きなメロディ”とは、スゴい褒め言葉です!“星空を巡る音絵巻物”と思って聴いていただけるとうれしいです。

まず、フリューゲルホーンの天女に誘われて、天空に飛び立ちます。そして竜宮城へ向かう浦島太郎のように海の中を彷徨ったり、リオデジャネイロの街が一望出来るコルコバードの丘で夕焼けに包まれたり。はたまた、アメリカ大陸を横断してコヨーテと一緒に月明かりに照らされたりと、夢うつつの美しい時間をすごします。クライマックスは、地球がまだ1つの大陸「パンゲア大陸」だった45億年前にさかのぼり、そこから五大陸になってゆくまでの壮大な時空を超える冒険です。ラストの余韻は武井さんにも気に入っていただけましたが、お経とギターで清らかなところへ運んでもらいました。今日も平和な夜が迎えられますように。

武井さんは、音楽にもお詳しいようですね。


武井

音楽は、プログレが大好物ですが、気持ちのいいものであれば何でも聴きます。雑食ですね。プログレに、たまごかけごはん…。撮っているテーマからか、写真から受ける印象からなのか、どうも浮世離れしている人と思われがちです(笑)。


河上

武井さんの作品には、CDジャケットにも登場していただきました。(着物姿の女性の見ている写真集が「地球の夜」で、見開き左側のまあるい写真が武井さんの作品です。)遠目に見ると月の写真にも見えるのですが、星空ですね?どうやって撮られた写真ですか?


武井

オーストラリアのシドニーから、車で5時間ほど内陸に入った、とある場所での撮影です。町灯りのまったくない場所です。あの晩は本当に素晴らしい星空でした。全天を魚眼レンズで撮っているので、丸いイメージになっています。


河上

私たちの目で見る地球の夜とはまた違った、幻想的な写真ですね。芸術作品です。


武井

ありがとうございます。表現の仕方は色々あるんですけど、この写真では、肉眼で見るのとは違った写真ならではのイメージになっています。
ところで今回「読書がテーマ」ということで、ただ聴いてもらうためのアルバムではありませんから、プロデュースにもご苦労があったかと思います。


河上

そうですね。はじめディスクユニオンさんからお話をいただいた時は、正直なところ、文字を追いながら聴く音楽をRAGMANIAレーベルの中から探すというのは難しいなと思いました。音楽にパワーがあり、どうしても音楽に聴き入ってしまいます。でも、写真集なら自由に楽しめるなと思いました。ページをめくるタイミングを自分で決められます。曲を聴きながら、いつまでも同じページの世界にひたっていることも、またページをめくって次々に違う世界を彷徨うことも出来ます。それで、視覚と聴覚をスパークさせて楽しむ提案をしようと思いました。


武井

なるほど。僕は音楽鑑賞も読書もどちらも好きなので、そのバランスの取り方というか、難しさはよく解る気がします。でも、アイデアの甲斐あって、意図されていたことが見事に実現していると思いますよ。
それで、どのようにして僕たちの写真集と出逢われたんですか?


河上

なんのビジョンもないまま、京都駅南のイオンモールKYOTOにある「大垣書店」さんに行きました。、ここは京都で一番大きい本屋さんらしく品揃えも豊富で、CDなども扱っているので、近くに行ったときはよく寄ります。その落ち着いた空間の中で、“出逢い”に期待しようと思いました。「私が求めているものはいったい何なのだろうか?」写真集コーナーに陣取り、溢れるほどたくさんある写真集たちのページを夢中になってめくり続けました。神経を集中させて、まだ見えて来ないものを自分の感覚だけを頼りに探し出すというのは、これまでにない面白い体験でした。そしていよいよビビビッと来たのが「地球の夜」でした!


武井

ビビビッですか?


河上

表紙を見た途端、鳥肌が立ちました。ページをめくるごとに地球の美しさに圧倒され、次第に大きなものに抱かれている安らぎを感じていきました。その時すでに、私の頭の中ではある曲が流れ出しました。


武井

その「ある曲」とは…?気になりますね。


河上

安達久美パンゲアの「ALL ONE」(こちらよりご試聴いただけます)でした。久美ちゃんの作る壮大な曲はこの写真集の世界観と響き合うなと思いました。久美ちゃんも絶対にこの写真集を気に入ると思い、買ってすぐに見せました。「この本だけでアルバムが一枚作れる!」と、大受けでした!ドラマーの則竹裕之さんもすぐに購入されたそうですよ。


武井

あ〜、あの曲!「ALL ONE」いいですよね!壮大で、だけど前向きな気分になれる曲だと思います。
では「星空を見上げて」の方はどのような経緯でご覧になったのですか?


河上

「地球の夜」には武井さんの作品が3点掲載されていました。そのどれもがストーリーの浮かぶ魅力的な作品だったので、もっと見てみたいと思いました。「星空を見上げて」「星の降る場所」、どちらの写真集を見たときも、「地球の夜」を見ている時の「呼吸が深くなっていく感覚」が同じように感じられ、「ああ、この人は本物だ!」と思いました。



武井

ありがとうございます。理屈ではなく、感性や気持ちで接していただけたらといつも思っていますので、その感想はとても嬉しいです。


河上

そもそもどのような経緯で、武井さんは国際プロジェクト”The World at Night”(TWAN)に参加されることになったのですか?


武井

2008年の秋、ネットで偶然TWANのウェブサイト(http://www.twanight.org/)を見つけました。素晴らしい写真の数々に圧倒されました。こういったスタイルの写真を、日本では「星景写真」(星空のある風景写真)と呼んでいるんですが、僕もその道を目指していますし、なによりも"One People, One Sky"(人類は一つ、空も一つ)という理念に賛同し、コンタクトを取りました。



河上

まさに、私が思い浮かべた曲と同じ、「ALL ONE」ですね!


武井

そう!TWANは、世界各地の星景写真を通じ、夜空によって世界が一つになるという、平和のメッセージがこめられた国際プロジェクトです。世界各国の天体写真家・星景写真家が参加していて、僭越ながら日本からは武井が参加させていただいています。2007年秋に活動を開始した、文化も言葉も国境も越えたプロジェクトです。


河上

この本はドイツでまず出版されて、日本での出版はオランダに次いで3カ国目だと聞きました。これはとても誇れることだと思います。


武井

そうですね。国際的に見れば、英語版の方が先に出版されると思っていましたから、とても嬉しいことですし、誇らしく思います。


河上

「写真を観る」という行為は、映し出された結果を楽しむだけではなく、被写体に向かうフォトグラファーの情熱や息づかい、まなざしを感じることなのだと、今回改めて感じました。星空を撮るのはもちろん夜ですし、光のないところを求めると人里離れた険しい自然の中に行くしかない。かなり厳しい撮影環境だと思いますが、辛くないのですか?


武井

写真から、そのときの風とか音とか温度とか、そういったことも感じてもらえたら嬉しいですね。「辛くはないか?」とは、よく聞かれるんですが、辛いと思ったことはないですね。もちろん肉体的に疲労したり、眠かったりはしますけど、それは辛いとは違う。僕の場合、モチベーションはとにかく「星が好き」ということなんです。たとえば、好きな人に会いに行くのに、辛いとかしんどいとか、そもそもそんなこと考えないじゃないですか。それと同じです。



河上

それはよいたとえですね!では、怖くないのかと聞くのも、愚問ですか?


武井

これもよく聞かれるんですが、強がりでもなんでもなく怖くないんですよ。このことは「星空を見上げて」のあとがきにも書いています。冷静に考えれば、暗いし、一人だし、寒いし、動物に遭遇したり…。でも星が見えていれば怖くないんです。見慣れた星空があればむしろ安心感があります。ただ、森の中とか視界が遮られるようなところは怖いと感じます。何がいるわけではないんだけど不安になる。おそらく、これは人間の持って生まれた本能なんじゃないかと思います。


河上

“星空があれば安心”って、男のロマンですね!それで本能的な怖さを乗り越えてでも、行かれるわけですね。飽くなき追求が作品になるからこそ、感動するのでしょうね。それは、音楽も同じです。「アルバムのミュージシャンたちも皆、TWANのフォトグラファーたちと同じ精神性で音楽を追求している」と、私はこの制作を通して確信していきました。収録した楽曲は何度聴いても素晴らしく、聴くほどに好きになっていきました。直感で選んだ本と楽曲でしたが、「ああ、だからこそ作品同士が引き合ったのだ!」と選んだ理由が徐々に解き明かされていった感があります。


武井

僕もそうですが、TWANのみなさんも、星が好きで好きでたまらないのだと思います。それが作品に表れているのだと思います。このアルバムのミュージシャンたちもきっと同じだろうと思います。音楽が好きで好きでたまらないのだと。


河上

本当にその通りだと思います。だからこそ透明感のある清々しいアルバムに仕上がったのだと思います!
さて、武井さんの今後のご予定は?お知らせなどはありますか?


武井

ちょうど来年のカレンダー「星空散歩」(http://linus.tea-nifty.com/attic_room/2012/09/2013-cad2.html)が発売になりました。



河上

素敵な表紙ですね!ぜひ買い求めて、中も見てみたいです。


武井

また、裏磐梯高原ホテルで「星宙夜想」(http://urabandai-kougen.com/?p=1886)という写真展を開催中です。過去10数年に渡る撮影活動の中で出会った、特に印象的なシーンで綴っています。


河上

福島県で写真展を開かれるのですね!それはとても意味のあることだと思います。実は震災の後、私は夜空を見上げることを忘れていたように思います。地上にあまりにもひどい傷跡が残り、大切な人を亡くした人々のことを思うと、とても空を見上げる気持ちにはなれませんでした。そんな中で、写真集は私に空を見上げることを思い出させてくれました。
「うつむいていても何も始まらない。ツラいと思うことがあっても、星空を見上げて、一人ニッと微笑んでみよう。自然と胸を張って、前を向いている自分がいる。そこからまた始めよう。」写真集は、わたしをそんな気持ちにさせてくれました。こんな時代だからこそ、星空を見上げることは素晴らしいことなのではないかと思うようになりました。



武井

何かのエネルギーになったとしたら、それは本当に写真家冥利に尽きます。TWANのメンバーにも伝えます。


河上

星空がいつも変わらず私たちみんなの上にあって、見守ってくれていることを、このアルバムを通して、多くの人に伝えられたらと思います。
最後にもう一度、お礼を言わせてください。これからの益々のご活躍を期待しています。ありがとうございました。


武井

こちらこそ、本当にありがとうございました。素晴らしい音楽に出会うきっかけを下さったことに感謝します。



終わりに

武井さんの書かれた「地球の夜」のあとがきは、心に響きました。
「・・・世界のどこかで誰かが同じ星空を見上げている。そのことを想う時、僕は世界中の人たちとのつながりを感じずにはいられない。夜な夜な星を追いかけ続けているのは、もしかしたら、そういったつながりを感じたいからなのかもしれない。・・・」

 この文を読んでから、星空がとても温かいものに感じられるようになりました。
そして私も、音楽で人々とのつながりを感じたいと思ってここまでやって来たと改めて思います。
 どちらも手で触れられるものではないけれど、心に触れる確かさがあります。
 これからも、この確かさを信じて、やっていきたいと思いました。

選曲者 河上ひかる

「Music for Reading from KYOTO RAG by Hikaru Kawakami」とあわせてどうぞ