【高齢者向け】岩倉具視の歴史クイズ!紙幣や明治時代を振り返ろう!
幕末から明治にかけて活躍し、新しい国づくりに関わった岩倉具視さん。
欧米を訪れて条約の交渉や視察をしたことに加え、かつての紙幣の肖像として覚えている方もいるでしょう。
歴史上の出来事だけでなく、昔使っていたお金の記憶からも答えを考えられるため、高齢者向けの脳トレに取り入れやすい人物です。
この記事では、岩倉具視さんにまつわるクイズを紹介します。
正解をキッカケに、明治の歴史や昔のお札についても話を広げてみてください。
【高齢者向け】岩倉具視の歴史クイズ!紙幣や明治時代を振り返ろう!(11〜20)
岩倉具視は下級公家の出身でしたが、天皇に近づくことができたきっかけは孝明天皇の側近となったからです。天皇の側近(そば近く仕える役人)のことを何というでしょう?
- 侍従(じじゅう)
- 関白(かんぱく)
- 将軍(しょうぐん)
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侍従(じじゅう)
岩倉具視は1854年に孝明天皇の「侍従(じじゅう)」となり、天皇のそば近くで仕えるようになりました。これがきっかけで政治の表舞台で活躍するようになります。関白は天皇を補佐する最高の役職、将軍は幕府のトップですね。
岩倉具視は明治政府で高い地位につき、多くの功績を残しました。政府内で彼が就任した役職として最も有名なものは何でしょう?
- 内閣総理大臣
- 右大臣
- 外務大臣
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右大臣
岩倉具視は明治4年(1871年)に右大臣に就任し、明治政府の中心人物として長く活躍しました。また、同年に「岩倉使節団」の特命全権大使として欧米を視察したことでもよく知られています。
日本の近代化に尽力した岩倉具視ですが、何歳で亡くなったでしょう?
幕末から明治にかけて活躍し、かつて五百円紙幣の肖像にもなっていた公家の岩倉具視。明治維新の立役者の一人ですが、病に倒れ、満何歳で亡くなったでしょうか?
- 57歳
- 73歳
- 85歳
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57歳
岩倉具視は1883年(明治16年)に食道がんのため、満57歳(数え年59歳)で亡くなりました。明治天皇も直接お見舞いに訪れるほど厚い信頼を受けており、亡くなった後は政府によって日本で初めての「国葬」が行われました。
おわりに
激動の時代を駆け抜けた岩倉具視の生涯を振り返るクイズは、歴史に思いを馳せるきっかけとして高齢者向けのレクリエーションにもピッタリです。
なじみ深い紙幣の話題などから、当時の思い出を語り合うのもステキな時間ですね。
高齢者の方と一緒に楽しく盛り上がりながら、知的好奇心を刺激するひとときをお楽しみください。


