【高齢者向け】鳥羽・伏見の戦いクイズ!旧幕府軍と新政府軍の戦いを振り返る
幕末の大きな転換点となった鳥羽・伏見の戦い。
旧幕府軍と新政府軍が衝突し、のちに全国へ広がる戦の始まりとなった出来事です。
鳥羽・伏見の戦いを振り返ると、幕末を代表する人物や組織へ話を広げやすいと感じます。
戦いが起きた場所や勝利した軍、使われた旗などにまつわるクイズは、時代の流れをたどりながら答えを考えられますよ。
この記事では、高齢者の方向けに鳥羽・伏見の戦いにまつわるクイズを紹介します。
脳トレや会話のキッカケとして出題してみてください。
【高齢者向け】鳥羽・伏見の戦いクイズ!旧幕府軍と新政府軍の戦いを振り返る(1〜10)
旧幕府軍の主力となった二つの藩は、会津藩とどこ?
- 桑名藩
- 薩摩藩
- 長州藩
こたえを見る
桑名藩
鳥羽・伏見の戦いでは、会津藩と桑名藩の兵が旧幕府軍の主力として新政府軍と戦いました。京都守護職の会津藩(松平容保)と、京都所司代の桑名藩(松平定敬)は兄弟であり、幕末の京都の治安維持に尽力していました。
薩摩藩の軍を率いた中心人物の一人は?
- 西郷隆盛
- 坂本龍馬
- 近藤勇
こたえを見る
西郷隆盛
西郷隆盛は薩摩藩の中心人物として、鳥羽・伏見の戦いをはじめとする戊辰戦争で新政府軍を勝利に導く大きな役割を果たしました。愛犬を連れた上野公園の銅像でも広く知られています。
鳥羽・伏見の戦いが起きた年は?
- 1853年(嘉永6年)
- 1860年(万延元年)
- 1868年(慶応4年/明治元年)
こたえを見る
1868年(慶応4年/明治元年)
鳥羽・伏見の戦いは1868年(慶応4年、この年の9月に明治と改元)に起きました。京都の南郊で新政府軍と旧幕府軍が激突し、ここから約1年半にわたる戊辰戦争が始まりました。ちなみに1853年はペリー来航、1877年は西南戦争が起きた年です。
【高齢者向け】鳥羽・伏見の戦いクイズ!旧幕府軍と新政府軍の戦いを振り返る(11〜20)
この戦いで勝敗を大きく分けた主な武器は?
- 刀と槍
- 新式銃と大砲
- 弓と矢
こたえを見る
新式銃と大砲
新政府軍は外国から取り入れた最新鋭の新式銃や大砲を多数装備していました。一方、旧幕府軍は刀や槍といった昔ながらの装備を持つ兵が多く、この火力の差が圧倒的な戦力差を生み出し、新政府軍の勝利につながりました。
この戦いの敗北により、旧幕府軍の象徴として落ちた城は?
- 大坂城
- 二条城
- 姫路城
こたえを見る
大坂城
鳥羽・伏見の戦いで敗色が決定的となると、徳川慶喜は味方の軍を置いて大坂城から江戸へ逃亡しました。主君を失った旧幕府軍は戦意を喪失し、難攻不落を誇った大坂城は新政府軍に接収されました。
桑名藩主で、旧幕府側として戦った人物は?
- 松平定敬
- 徳川慶喜
- 松平容保
こたえを見る
松平定敬
松平定敬(まつだいらさだあき)は桑名藩主で、京都所司代として兄の会津藩主・松平容保(京都守護職)とともに京都の治安維持に尽力しました。鳥羽・伏見の戦いでも旧幕府軍として最前線で戦いました。
鳥羽・伏見の戦いから始まる一連の国内戦争の総称は?
- 戊辰戦争
- 西南戦争
- 応仁の乱
こたえを見る
戊辰戦争
鳥羽・伏見の戦いから箱館戦争(五稜郭の戦い)までの一連の戦争を「戊辰戦争(ぼしんせんそう)」と呼びます。慶応4年(1868年)の干支が「戊辰(つちのえたつ)」であったことから名付けられました。


