この記事では、幕末の近代化を大きくリードした肥前藩にまつわるクイズを紹介します。
有名な偉人や歴史的な出来事など、知的好奇心をくすぐるような問題を集めました。
高齢者向けの内容として、昔学んだ知識を引き出しながらご自身のペースで考えていただける問題ばかりです。
またクイズに取り組んだあと、その内容にまつわる会話が広がるのもレクリエーションにクイズを取り入れる魅力です。
ぜひ歴史クイズを楽しみながら、参加者同士での会話も楽しんでくださいね。
- 「Manjiro」が3rdシングルをリリース!
- 【高齢者向け】薩摩藩クイズ。歴史をひもとくクイズで楽しく脳トレNEW!
- 【高齢者向け】幕末年表クイズ!重要ポイントをおさらいできる問題集NEW!
- 【高齢者向け】幕末クイズ。知識が増える・もっと知りたくなる問題集
- 【高齢者向け】幕末事件クイズ!日本の歴史を再認識できる問題集NEW!
- 【高齢者向け】長州藩クイズ。楽しく脳を刺激する歴史問題集NEW!
- 【高齢者向け】幕末志士クイズ!日本の歴史を大きく動かした偉人たちの問題集NEW!
- 【高齢者向け】佐賀県のご当地問題!焼き物や歴史の話で盛り上がるクイズ集
- 【高齢者向け】幕末に活躍した人物クイズ!三択問題式でレクリエーションにも最適NEW!
- 【高齢者向け】長崎県ご当地クイズ。有名観光スポットや郷土料理・定番の銘菓まで
- 【高齢者向け】坂本龍馬クイズ。海援隊・薩長同盟・寺田屋事件から歴史を学ぼう
- 【高齢者向け】幕末偉人クイズ。人気ランキングにも名を連ねる人気者たちが登場NEW!
- 【高齢者向け】ペリークイズ。日本の歴史を大きく変えた外国人を深堀りする問題集NEW!
- 【福岡県のご当地クイズ】高齢者向けにご紹介!
【高齢者向け】肥前藩クイズ!鍋島家や幕末の近代化にまつわる問題(1〜10)
1874年、不平士族を率いて政府に対して反乱を起こした佐賀藩出身の元参議は誰でしょう?NEW!
- 大隈重信
- 副島種臣
- 江藤新平
こたえを見る
江藤新平
江藤新平は肥前国(佐賀藩)出身で、明治新政府で司法卿などを務め、日本の近代的な司法制度の基礎を築きました。しかし、征韓論争に敗れて政府を去り、1874年(明治7年)に不平士族を率いて「佐賀の乱」を起こしましたが、敗れて処刑されました。
世界文化遺産にも登録された、佐賀藩が作った日本近代化のための洋式海軍所・工場跡の名称は何でしょう?NEW!
- 長崎海軍伝習所
- 三重津海軍所跡
- 横須賀造船所
こたえを見る
三重津海軍所跡
正解は「三重津海軍所跡(みえつかいぐんしょあと)」です。幕末に佐賀藩が設けた洋式海軍の訓練・造船施設で、2015年に「明治日本の産業革命遺産」の一つとして世界文化遺産に登録されました。現在は歴史公園として整備されています。
佐賀藩出身で、のちに早稲田大学を創設した大物政治家は誰でしょう?NEW!
- 大隈重信
- 江藤新平
- 佐野常民
こたえを見る
大隈重信
大隈重信は佐賀藩(現在の佐賀県)出身で、明治政府で大蔵卿や内閣総理大臣などを歴任した大物政治家です。1882年(明治15年)に東京専門学校(現在の早稲田大学)を創設し、教育にも大きく貢献しました。
佐賀藩出身で、明治政府の初代司法卿(しほうきょう)を務めた人物は誰でしょう?NEW!
- 江藤新平
- 佐野常民
- 副島種臣
こたえを見る
江藤新平
江藤新平は佐賀藩出身で、明治政府の初代司法卿として日本の近代法制度の基礎を築きました。佐賀の七賢人の一人として、今も地元で親しまれています。
佐賀藩(肥前藩)が江戸幕府から任されていた、非常に重要で負担の大きかった外国への備えとは何でしょう?NEW!
- 長崎警備
- 蝦夷地(北海道)警備
- 琉球(沖縄)警備
こたえを見る
長崎警備
佐賀藩は、福岡藩と1年交代で長崎の警備を任されていました。外国船の監視や防衛を行うため大変お金がかかる負担の大きい役目でしたが、この経験から西洋の技術を早くから学び、幕末の近代化に大きく役立つことになりました。
幕末に「幕末の四賢候」の一人として、いち早く西洋の技術を取り入れて反射炉を築き、近代化を進めた第10代藩主は誰でしょう?NEW!
- 鍋島直正
- 島津斉彬
- 山内容堂
こたえを見る
鍋島直正
鍋島直正(閑叟)は肥前佐賀藩の第10代藩主です。財政再建を成功させるとともに、西洋の科学技術を積極的に導入し、日本初の反射炉を建設して大砲を製造するなど、佐賀藩を幕末屈指の軍事・技術大国に育て上げました。島津斉彬、山内容堂、松平春嶽とともに「幕末の四賢侯」と呼ばれています。
日本赤十字社の前身である「博愛社」を創設した、佐賀藩出身の人物は誰でしょう?NEW!
- 島義勇
- 佐野常民
- 鍋島直大
こたえを見る
佐野常民
佐野常民(さのつねたみ)は、西南戦争の際に敵味方関係なく負傷者を救うため「博愛社」を創設しました。これがのちの日本赤十字社となります。大隈重信や江藤新平も同じく「佐賀の七賢人」として有名です。



