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作詞作曲/しゅうさえこ の検索結果(1〜10)

港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ阿木燿子

1969年に作詞家としてのキャリアをスタートした、阿木燿子さん。

彼女は1971年に同じく作曲家の宇崎竜童さんと結婚されました。

彼がリーダーを務めていたダウン・タウン・ブギウギ・バンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』の作詞を担当し、その深い歌詞が大ヒットにつながりました!

また、中森明菜さんの『DESIRE -情熱-』などに代表されるように男女関係のかけ引きの表現力、これも阿木さんの書く歌詞の魅力だと言えますね!

木蓮の涙山田ひろし

「木蘭の涙~acoustic~」スターダスト☆レビュー【LIVE】
木蓮の涙山田ひろし

ポピュラーソングコンテストへの参加を機に松井五郎さんに師事し、作詞家としての道を歩み始めた山田ひろしさん。

J-POPから歌謡曲まで幅広いジャンルを手がけ、アニメ『幽☆遊☆白書』のエンディング曲『アンバランスなKissをして』は、今も多くのファンに愛されるヒット曲です。

2010年の第52回日本レコード大賞で作詞賞を受賞した植村花菜さんの『トイレの神様』では、共同作詞で家族への愛を描き、お茶の間の涙を誘いました。

ご自身もバンドで演奏やコーラスをこなすなど、歌い手の感覚を持った言葉選びが大きな魅力といえるでしょう。

ときめきのルンバ水木れいじ

氷川きよし / ときめきのルンバ【公式】
ときめきのルンバ水木れいじ

岡山県で生まれ育ち、雑誌の公募でグランプリを獲得したことを機に上京した作詞家です。

1974年に作家デビューし、1981年から現在のペンネームで活動しています。

天童よしみさんの『人生みちづれ』や、氷川きよしさんの『櫻』をはじめ、五木ひろしさんや川中美幸さんなど、演歌界を代表する歌手へ数多くの作品を提供してきました。

2009年の『ときめきのルンバ』、2010年の『人生みちづれ』では、日本作詩大賞を2年連続で受賞するという快挙も成し遂げています。

テレビ番組の審査員を務めた経験もあり、客観的な視点と豊かな感性で描かれる人生や旅の情景で、多くの聴き手の心をつかんでいる作詞家です。

作詞作曲/しゅうさえこ の検索結果(11〜20)

Get Wild小室みつ子

小室みつ子さんは1987年にリリースされた『Get Wild』、鈴木あみさんのカバーで知られる『BE TOGETHER』など、TM NETWORKの作詞を多く手がけた方です。

当時はTM NETWORKのカリスマキーボーディスト、小室哲哉さんと合わせて「小室兄妹」としてメディアで取り上げられることもありました。

しかし、実際は2人に血縁関係はなく、たまたま同じ名字だったというのはちょっと意外ですね!

ちなみに、TM NETWORK以外では、accessの『Higher Than Dark Sky』の作詞も担当しており、テクノと彼女の歌詞は相性バツグンですね!

愛のメモリーたかたかし

放送作家やルポライターをへて作詞家に転身した異色の経歴を持ち、演歌からポップスまで幅広く手がけてきた、たかたかしさん。

1973年に発売された西城秀樹さんの『情熱の嵐』や、川中美幸さんの『ふたり酒』など、昭和歌謡史に残るヒット曲を数多く生み出してきました。

なかでも坂本冬美さんへの提供曲は評価が高く、1991年の『火の国の女』と1999年の『風に立つ』で日本レコード大賞作詩賞を2度も受賞しています。

2003年には紫綬褒章を受章するなど、その功績は折り紙付きです。

情景と心情を巧みに織り交ぜた歌詞は、聴き手の心に深く染み入ります。

三百六十五歩のマーチ星野哲郎

水前寺清子「三百六十五歩のマーチ」(オフィシャルオーディオ)
三百六十五歩のマーチ星野哲郎

水前寺清子さんの『三百六十五歩のマーチ』などの明るい曲から、小林旭さんの『昔の名前で出ています』などの切ない曲まで幅広い作詞を手がけた星野哲郎さん。

彼は「出だしの2行だけで歌詞が決まる」という理念をもっていて、どの曲も最初のフレーズだけで引き込まれるようなものが多いんですよ!

また、森山愛子さんの『アンコ椿は恋の花』のように「あ」などの感嘆詞を効果的に使った歌詞もトリッキー。

聴いていると、そのセンスに脱帽してしまいます。

時の流れに身をまかせ荒木とよひさ

日本作詩大賞や日本レコード大賞作詞賞など多くの栄誉ある賞を受賞、輝かしいキャリアを誇る荒木とよひささん。

2005年には長きに渡るキャリアと功績をたたえて、紫綬褒章を受章しています。

そんな荒木さんの作詞家としてのスタートは、スキー部員だったころに事故で2年半の長期療養を強いられる中で書かれた楽曲『四季の歌』がきっかけというのが興味深いですよね。

ご本人にとっては曲が「一人歩きした」という感覚だそうなのですが、荒木さんが作詞と作曲を務めた『四季の歌』は口伝えで広まって評判を得て、1972年にレコード化を果たすという異例ともいえる経緯がありますから、荒木さんの感想もさもありなんといったところでしょう。

20代はバンド活動も並行して続けていた荒木さんは30代より職業作詞家として本腰を入れたキャリアを歩み、森昌子さんが歌った『哀しみ本線日本海』で日本作詞大賞優秀作品賞を受賞。

堀内孝雄さんのセルフカバーによる『恋唄綴り』は日本レコード大賞と日本有線大賞のダブル受賞を成し遂げるなど、荒川さんは言葉の達人として素晴らしい日本語でつづった数えきれないほどの作品を世に送り出して邦楽の歴史に多大なる貢献を果たしたのですね。

演歌や昭和歌謡はもちろん、CMソングや企業のイメージソング、社歌に校歌など実に幅広い分野で荒木さんの作品に出会えますから、あなたのお気に入りの1曲が荒木さんの作詞という可能性は十二分に考えられますよ!