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桑島慈悟郎『鬼滅の刃』 の検索結果(21〜30)

鬼舞辻無惨が死ぬと全ての鬼が滅びる

鬼舞辻無惨が死ぬと全ての鬼が滅びる

炭治郎最大の宿敵にしてラスボスとして描かれる鬼舞辻無惨は、死ぬとすべての鬼が滅びる存在として語られています。

作中に登場する鬼はもともとは人間であり、無惨の手で変化させられたもの、そして能力ですべての鬼と無惨がつながっていることからこの設定が終盤に語られるという流れですね。

この無惨と鬼たちとのつながりは呪いとも言われ、鬼舞辻無惨という存在がどのようにして生まれたのかというエピソードとあわせて描かれています。

「水の呼吸」には鬼が痛みを感じない型がある

「水の呼吸」には鬼が痛みを感じない型がある

鬼に痛みを感じさせない型というのが、伍ノ型「干天の慈雨」です。

この型は、那田蜘蛛山にて戦った母蜘蛛に対して、炭治郎が使っていました。

最初は壱ノ型で攻撃しようとしていた炭治郎でしたが、母蜘蛛が死を望んでいる事に気づき、伍ノ型に変えたのです。

伍ノ型は相手にほとんど苦痛を与えないため、鬼が自ら頸を差し出した時にのみ使う慈悲の剣撃と呼ばれています。

ファンブックで各呼吸の斬られ心地について鬼が語っているのですが、水の呼吸はそもそも切られても比較的痛くないそうですよ。

竈門禰豆子は鬼舞辻無惨が克服できなかった鬼の弱点である太陽を克服した

竈門禰豆子は鬼舞辻無惨が克服できなかった鬼の弱点である太陽を克服した

鬼は太陽の光を浴びれば死に至ります。

ほんの少しあたるだけでも体が燃え始めるため、全ての鬼が恐れています。

それは強さの象徴である上弦の鬼や鬼舞辻無惨でも同じこと。

しかしそこに、太陽を克服する鬼が現れます。

それが主人公である炭治郎の妹、禰󠄀豆子です。

アニメ「刀鍛冶の里編」にてその様子が描かれていますよ。

なぜ克服できたのかは、はっきりと明言されていませんが、彼女の血液は短期間で何度も変化していたそうですので、そこに理由があるかもしれませんね。

私、いたずらに人を傷つける奴にはキュンとしないの甘露寺蜜璃

鬼殺隊の頂点に立つ剣士の1人、「恋柱」甘露寺蜜璃が刀鍛冶の里長を襲っていた鬼を切り捨てた時の名言。

危害を加えてくる相手に対して明確な怒りを表現したセリフからは、性別問わずキュンとしてしまう甘露寺蜜璃の、鬼殺隊としてのりりしい一面が見えますよね。

普段のやわらかい雰囲気や誰にでも好意的だからこそ、そのギャップにしびれた読者も多いのではないでしょうか。

甘露寺蜜璃というキャラクターの振り幅が描かれたシーンを彩る、印象的な名言です。

冨岡義勇の羽織は遺品であり形見である

冨岡義勇の羽織は遺品であり形見である

冨岡義勇の羽織は遺品であり形見として、過去のエピソードとともに描かれています。

義勇の羽織は模様が2種類、半分で分かれているのが特徴で、彼の姉である蔦子と、親友の錆兎の形見を組み合わせた羽織です。

姉は鬼に殺されてしまい、同期の錆兎は最終選別で命を落としたということで、ふたりの命を背負っていくという決意が感じられますよね。

鬼殺隊を目指したきっかけと、そこに向かう道のりを忘れないという、義勇の人柄が羽織で表現されている印象です。

山育ちの嘴平伊之助が言葉を話せるのはとある老人のおかげである

山育ちの嘴平伊之助が言葉を話せるのはとある老人のおかげである

伊之助はまだ赤ん坊の頃に母親と死に別れており、猪に山で育てられています。

猪は人間の言葉をしゃべりませんので、伊之助も話せないはずですよね。

しかし伊之助は、たかはるという青年の祖父と出会い言語を習得しています。

たかはるは伊之助を変な動物として追い払いますが、祖父はまるで孫をかわいがるように伊之助に百人一首を読み聞かせてくれました。

そのおかげで話せるようになったのですね。

名前が「嘴平伊之助」である事をお教えてくれたのも、このおじいさんなんですよ。

己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ煉獄杏寿郎

切り抜き 鬼滅の刃 無限列車編 07話 煉獄杏寿郎 「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ、歯を食いしばって前を向け」
己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ煉獄杏寿郎

映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の中で描かれた、煉獄杏寿郎が炭治郎たちに残した最後の言葉の一節です。

猗窩座に致命傷を負わされながらも、その場に居たほかの人間たちを死なせることなく戦い抜いた杏寿郎は「最後に話をしよう」と言って炭治郎と伊之助を呼び寄せ、このセリフを言いました。

杏寿郎自身、猗窩座との戦いの中で無力さを感じていたのかもしれませんが、そこで諦めることなく最後まで自分のできることをやり切っていることから、この言葉の説得力が増していますよね。

何か目標に向かって挑戦をする中で挫折しそうなときに思い出したい言葉です。