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高浜虚子 の検索結果(11〜20)
手毬唄 かなしきことを うつくしく高浜虚子
美しい糸で鮮やかな三角形や円など、幾何学模様に巻いて作られた手まり。
手まりは江戸時代から明治時代まで、お正月によく遊ばれていたそうです。
そのため、新年の季語にもなっていますよ。
きれいな手まりの歌をうたいながら、遊ぶ子どもたち。
ですが、この俳句が詠まれたのは第二次世界大戦が始まった時期だったそうです。
手まりで遊ぶ無邪気な子どもたちが歌ううたも、重く暗い内容だったのでしょう。
そのような内容の歌も、美しい子どもたちの歌声だったため、やり場のない気持ちになったのかもしれませんね。
高齢者の方も、日常のちょっとした出来事を詠むことの参考になりそうな俳句ですね。
英国密航広沢瓢右衛門
1897年生まれ。
生来の悪声もあって長く売れませんでしたが、1980年前後に「花王名人劇場」を始めてマスコミで脚光を浴び、80歳を過ぎて売れっ子になりました。
この「英国密航」は瓢右衛門の代表作。
1990年に92歳で没。
秋空を 二つに断てり 椎大樹高浜虚子
秋空にそびえる椎の大木の力強さを描いた俳句です。
大木が空を二つに断ち割ると表現されたその存在感は、静かな秋の風景の中において圧倒的であり、読者に自然の力強さを感じさせます。
また、日常で見過ごしがちな木々や空の表情を想像しながら味わうことで、季節の深まりや自然の壮大さを身近に感じられるでしょう。
短い言葉ながら、目に見える風景だけでなく、心に広がる迫力と躍動感を感じられる一句で、秋の情景を想像する楽しみを教えてくれることでしょう。
五月雨や 名もなき川の おそろしき与謝蕪村
与謝蕪村は江戸時代中期の俳人、文人画家として活躍しました。
この句を現代語に訳すると「梅雨の大雨の中、地図に名前もないような小さな川が、恐ろしいほどの水量で流れている」といった内容です。
普段は穏やかな川も、大雨の影響で増水し、水害などの不安を与える恐ろしい存在になっていることを表しています。
ちっぽけな存在と侮っていたものが、自分たちの存在を脅かすほどに膨れ上がる自然の力の恐ろしさや、そこにいる人間の小ささ、無力さを改めて感じさせる句ですね。
小名浜鬼

小名浜はいわき市では大きな漁港で、観光地としても以前は人が賑わっていた漁港です。
しかし大通りの店の一歩路地裏に入ると、さまざまな派手なネオン街となり、ある意味怖さを感じます。
衝撃的な詩の裏には小名浜の町と共通する何かがあるような気がしますが、決して悲観している歌ではありません。
六月の 氷菓一盞の 別れかな中村草田男
中村草田男は1901年に中国で生まれ、日本では言うや国文学を研究した人物です。
高浜虚子の門下に入ることで俳句を学び、後に俳人協会初代会長となって俳句界の発展に貢献していきます。
この句は、六月のある日、最後は酒を酌み交わす間もなく、代わりに氷菓子を一緒に食べて慌ただしく別れたよ、という意味です。
男同士が酒ではなく、せわしなくアイスクリームをなめ合っている場面を想像すると、少しだけ、滑稽にも思えますね。
高浜虚子 の検索結果(21〜30)
石松と三十石船道中二代目広沢虎造

清水次郎長一家の子分・森の石松が、金比羅参りの帰路に三十石船へ乗り込み、大坂から伏見への道中で繰り広げる人情噺。
本作は二代目広沢虎造さんが得意とした「清水次郎長伝」シリーズの一席で、船中での軽妙な掛け合いと啖呵が魅力です。
石松の自尊心と人間味が滲み出る語り口は、笑いと義理人情が見事に調和しています。
1958年4月にシングルとしてリリースされた本作は、その後アルバム『清水次郎長伝 石松と三十石船道中』に収録され、2015年11月には復刻盤『新・浪曲名人特撰シリーズ 二代 広沢虎造』でも聴くことができます。
浪曲独特の三味線伴奏に乗せた「虎造節」の語りは、江戸時代の船旅の雰囲気を鮮やかに描き出しており、浪曲の入門としても最適な一作です。

