【高齢者向け】7月の俳句紹介。夏を感じるアイディア
7月は、力強い日差しや蝉の声に、夏本番の訪れを実感する季節です。
この時期ならではの風景や空気を俳句に詠むことは、自然の移ろいに心を寄せる豊かなひとときとなるでしょう。
俳句は、短い言葉の中に季節感や感情を表現できるため、高齢者の方々にも親しみやすい文化といえますよね。
本記事では、7月の季節感を味わいながら楽しめる俳句を厳選してご紹介いたします。
ぜひ、俳句を通じて夏の風情を身近に感じてみてくださいね。
【高齢者向け】7月の俳句紹介。夏を感じるアイディア(1〜10)
七夕や 髪ぬれしまま 人に逢ふ

七夕のお祭りなのか、いつもよりも早くお風呂に入り、慌てて出掛ける支度をした、そんな夏の勢いの良ささえ感じられる一句です。
「人」としか書かれていないのですが、そのお相手はきっと意中の男性なのでしょうか?
淡いロマンスを詠んだ句とも解釈すればまさに胸キュンです。
橋本多佳子さんは杉田久女さんについて俳句を始め、その後、虚子さんや誓子さんに師事しました。
古く雅な景色の中に今風の色を与えた句「いなびかり北よりすれば北を見る」などが今でも愛されています。
うつくしや 障子の穴の 天の川

この句は小林一茶が病床に伏していた七夕の夜に詠んだ句とされています。
自由に外を歩き回ることができなくなった一茶は、ある夜にふと障子の破れた穴から夜空を見上げると、そこには天の川が輝いていました。
障子の穴から見える天の川の美しさに感動したという一茶の姿と、障子の穴という限られた視界から広がる壮大な天の川の対比が、句の魅力を引き立てていますね。
これは、一茶が病に苦しみながらも、わずかな隙間から広い世界の美しさを感じとろうとする姿勢の表れともいえるでしょう。
うつし世に 妻はきよけし 夏の月

原石鼎は、島根県出身で、明治から昭和にかけて活躍した俳人です。
この句は、夏の月の明るさと、妻の清らかさを重ね合わせた作品です。
「うつし世に」は現世においてという意味を持ち、「妻はきよけし」は、妻は清らかで美しいという意味です。
「夏の月」は季語であり、澄んだ夜空に輝く月の美しさを象徴しています。
石鼎は、自然の美しさと人間の情感を繊細に描く俳人でした。
この句では、妻への深い愛情と、夏の月の静かな輝きが調和しており、穏やかで優しい情景が広がります。
さらさらと 白雲わたる 芭蕉かな

風にそよぐ芭蕉の葉と、軽やかに空を流れるような白い雲の様子を詠んだ句で、のどかな昼下がりの風景が目に浮かびます。
雲は形を変えながら空を移動し、やがて視界から消えていく。
その様子は美しくもはかないものの象徴とも言えます。
こうした時間の流れも感じさせる表現により、子規が見たであろう瞬間的な美しさとともに、時の移り変わりが感じられます。
写真のような風景だけでなく、連続した、流れ時間や移り変わることに着目することで、また違った味わい方を教えてくれる句です。
てのひらを かへさばすすむ 踊かな

夏といえば盆踊り。
旧暦、新暦、どちらの時期にでもマッチするのだから味わい深い行事ですよね。
しずしずと進む踊りの輪、ぱっとてのひらが返ったところから踊りが華やぎだす。
浴衣を着ている小さな子供たちの姿まで目に浮かびます。
足の運び、てのひらの返しにまで視線がいく、クローズアップもまさに俳句の楽しさです。
この句の作者、阿波野青畝さんはその共通のイニシャルから、山口誓子さん、高野素十さん、水原秋桜子さんらとともに「ホトトギスの四S」といわれた存在。
高浜虚子さんに師事しました。
咲きつづく 朝顔市の 朝顔よ

山口青邨は明治から昭和にかけて活躍し、正岡子規の写生俳句を大切にしながら優しく美しい情景を詠んだ俳人です。
サラリーマンとして勤務し続けながら俳句を続けた珍しい存在でもあります。
この句は「毎年のように咲き続けている、朝顔市のあの朝顔たちよ」という意味です。
朝顔市は朝顔を売る市で、夏の風物詩です。
そして、咲きつづくという言葉には、昔から今にいたるまで続いている歴史、時間の積み重ねが感じられます。
季節の繰り返しと、植物の命の輝きを、朝顔に語り掛けるように優しく詠んだ名句です。
四五人に 月落ちかかる をどりかな

にぎやかにみんなで楽しんでいた盆踊りも気がつけば4人、5人しか残らず夜通しで盆踊りを踊り楽しんでいる様子を表しています。
江戸時代中期の俳人、与謝蕪村が書いた俳句です。
与謝蕪村は画家としても有名で、俳句と絵を合わせた俳画というものを確立した人としても有名です。
他にもすてきな俳句を作っており、情景が目に浮かぶような季節感を感じる俳句を紹介しています。