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Michael Jackson の検索結果(1〜10)
Billie Jeanマイケル・ジャクソン

アルバム「スリラー」から2ndシングルとして83年1月にリリースされる。
ポップ/R&B部門はもちろん、UKチャートまでも制覇してしまったまさに大ヒット曲。
それだけでは収まらないのが、マイケルのダンスの凄さ。
ラメで輝く黒いスーツと白い手袋に靴下、そしてハット。
このシーンでツアーでは何人ものファンが涙し、失神した。
あのハリウッドの大スターフレッド・アステアも、マイケルがムーンウォークを初披露した番組「MOTOWN 25」を観て、電話で大絶賛の言葉を送ったという。
ちなみに最初の題名は、マイケルが曲の中で繰り返す「Not My Lover」だった。
ストーカーのような女性に付きまとわれるという歌詞だが、マイケル自身の実話とも、マイケルの兄の話だとも言われる。
Smooth Criminalマイケル・ジャクソン

88年11月に「BAD」からの7thシングルとしてリリース。
このPVに出てくる、立ちながら前方に傾いていくダンステクニックの「ゼロ・グラビティ」は、もはやファンでなくともご存じなはず。
力強く弾くようなリズムにマイケルのアドリブが重なった後半はさらにエレクトリカルになり、ライブでは最高潮となる。
白いスーツとハットというスタイルは、ハリウッドの大スター、フレッド・アステア主演映画「バンドワゴン」と瓜二つ、というかほぼ同じなのだが、その世界観を出しているのだろうか。
ちなみに当時マイケルのパロディーで、ある大物芸人の方がこの作品を(彼らなりに)忠実に再現?
したのを忘れられない。
Thrillerマイケル・ジャクソン

よもや説明もいらないのかもしれないほどマイケルの代表的な曲。
扉が静かに開き始めてからの、いきなりのインパクトで始まるこの曲で、私を含め、マイケルの凄まじい魅力に取り付かれた人も多いのではないかと思う。
このPV(マイケルはショート・フィルムと呼ぶが)は、あまりにも有名。
最後の獣のようなマイケルの目を見て、何人の子供が泣き、何人の大人が恋焦がれただろう。
ちなみにこのフィルムの監督は、「ブルース・ブラザーズ」などヒット作を手掛けたジョン・ランディス。
後半のセリフは怪奇映画の名優ヴィンセント・プライスによるもの。
スケールが桁違いですね。
Dancing Machineマイケル・ジャクソン

74年、2月リリース。
ちょうどソウルトレイン真っ只中のディスコブームだった。
マイケルも変声期を迎え、低迷していたジャクソン5が久々にトップチャート2位までのし上がった。
幼い頃からジェームスブラウンを完コピするくらいの才能を持っていたマイケルだが、見事な踊りで観客を魅了し始めたのはちょうどこの頃ではないだろうか。
State Of Shockマイケル・ジャクソン

兄ジャーメインの移籍を受け、新たに弟ランディーが加わって、ジャクソンズ6人編成による唯一のアルバムである「Victory」が84年にリリースされたが、その中からの1stシングルとなる曲。
ミック・ジャガーとの共演により、ギターが強烈に響くロックチューンに仕上がっている。
ポップチャート3位。
実は元々、クイーンのフレディ・マーキュリーとの共演のはずだったが、どうやら仲違い?
したためミックとの共演となった。
今は良い時代で、フレディバージョンの音源も聴くことができるが・・まさに2人の個性のぶつかり合い。
う〜ん、どちらも捨てがたい。
We Are The Worldマイケル・ジャクソン

85年にライオネル・リッチーと共作した、「USA for AFRICA」チャリティーの為に作られた曲。
妹のジャネットがマイケルの声をそのままに新たな「We Are The World」を作り上げたのは、まだ記憶に新しい。
改めて聴くと、本当に豪華な面々がこれでもかと言わんばかりに出演している。
そのトップアーティスト達が、わかりやすいメッセージを思いを込めて歌いあげる。
何度聴いても涙が出てくるのだ。
ちなみにカラオケボックスでそれぞれ担当を決めて歌うと面白い。
どう聴いてもモノマネになってしまうのはなぜなのだろう。
You Are Not Aloneマイケル・ジャクソン

95年アルバム「History」から2ndシングルとしてリリースされた。
ショート・フィルムでは、以前の妻、リサ・マリー・プレスリー(かの伝説となっているエルヴィス・プレスリーの令嬢)と共に裸体で登場し、ファンをヤキモキ・・いや、話題を集めた。
しかしながら、マイケルの歌唱力の素晴らしさを再認識させられるナンバーで、後半の長いファルセットには思わず聞き惚れてしまう。
最近では、バラエティでもよく使用され、度々聴くことができる。

