時代の転換期を迎え始めていた幕末。
ペリーの来航をはじめ、桜田門外の変や池田屋事件、鳥羽・伏見の戦いなど、教科書でも大きく取り上げられるできごとがたくさんありましたよね。
この時代のテスト勉強に苦労した、という方は私だけじゃないはず……。
この記事では、そんな幕末に関する一般向けの雑学&豆知識を紹介します。
学校の授業ではあまり聞かないような幕末のできごと、活躍した人物たちの裏側などをまとめました。
歴史の授業に苦手意識を持っている方は、勉強から少し離れたとことから取り組んで、歴史に興味を持ってみてはいかがでしょうか!
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知的好奇心をくすぐる!一般向けのおもしろい幕末の雑学&豆知識(1〜10)
ペリーの船が黒かったのは木材の腐り防止のために塗料を塗ったからNEW!
ペリーが率いて来航した黒船が黒く見えたのは、船体が鉄ではなく木でできていて、その木を守るために黒い塗料を塗っていたからだと言われています。
当時の船は長い航海をするため、水や海の生き物で木が傷んだり腐ったりするのを防ぐ必要がありました。
そこでコールタールやピッチといった黒い防腐・防水の塗料が使われたそうです。
その結果、船全体が黒く見え、日本の人々に強い印象を与え、「黒船」と呼ばれるようになりました。
実は見た目の色はデザインではなく、船を長持ちさせるためのアイデアや工夫だったのですね!
吉田松陰は獄中で講義をおこなっていたNEW!
牢屋に入れられていたときにも学びを止めなかった吉田松陰。
同じように捕まっている人たちに「孟子」という中国の本をもとにした講義を行っていたと伝えられていますよ。
牢の中というと暗くてつらい場所のイメージですが、松陰は「人は学ぶことで成長できる」と考え、身分に関係なく真剣に語り合ったそうです。
そのため、囚人たちの中には松陰の話に感動し、出獄後も教えを忘れなかった人もいたといわれています。
この獄中での学び合いは、のちに松下村塾の教育にもつながったと考えられ、松陰の教育者としての姿をよく表すエピソードとしても語られています。
坂本龍馬が暗殺された場所とされているのは「近江屋」NEW!
京都の「近江屋」といえば坂本龍馬が暗殺された場所として知られていますよね。
これは幕末の1867年、龍馬が中岡慎太郎と一緒に滞在していたしょうゆ屋の建物ですよ。
事件が起きたのは夜で、刺客が二階の部屋に押し入り、龍馬はその場で命を落としたと伝えられています。
この出来事は「近江屋事件」と呼ばれ、幕末の大きな歴史の謎のひとつになっています。
誰が犯人だったのかについては今もはっきりしていないそうです。
さまざまな説がありますが、龍馬の人生は33歳の誕生日の夜に終わり、日本の歴史に大きな影響を残しました。
奇兵隊は高杉晋作によって創設されたNEW!
奇兵隊は、幕末の長州藩で高杉晋作によって創設された軍隊です。
身分にとらわれず、武士だけでなく農民や町人も参加できたのが大きな特徴で、「やる気のある人なら誰でも仲間」という新しい考え方の軍隊だったそうです。
1863年ごろ、外国との戦いや藩の危機の中で生まれて、少ない兵力でも工夫して戦う力を発揮しました。
従来の身分制の軍とちがい、実力重視だったため、多くの人に注目され、後の明治維新にも大きな影響を与えたと言われています。
新撰組の前身として結成されたのは「壬生浪士組」NEW!
新撰組の前身として結成された「壬生浪士組」。
これは幕末の1863年に、京都の治安を守るために集められた浪士たちのグループがもとになっています。
もともとは「浪士組」として江戸から京都へ向かいましたが、到着後に考え方の違いで分かれ、一部の人たちが京都に残りました。
その人たちが会津藩の預かりとなり、壬生村を拠点に活動したことから「壬生浪士組」と呼ばれたそうですよ。
のちにこの集団が力をつけ、会津藩や幕府のために働く組織として発展し、「新選組」という名前をもらうことになったそうです。
新撰組の羽織はダサいと言われていたNEW!
背景には、実は当時の人の感覚が関係しています。
浅葱色に白いだんだら模様の羽織はとても目立つデザインで、「田舎っぽい」「派手すぎる」と感じる人もいたと言われています。
また戦いの場では目立つことで逆に危険になるため、隊士の中でも好みが分かれ、のちには実用性を重視して黒い服装へ変わっていったそうです。
つまり「ダサい」というより、見た目の派手さと戦いの実用性のバランスが合わなかったということですね。
それでもこの羽織は新選組の象徴として、今でも強い印象を残しています。
日本で初めて新婚旅行をしたのは坂本龍馬NEW!
坂本龍馬と妻のお龍が1866年に訪れた薩摩への旅は、日本で初めての「新婚旅行」と言われています。
この旅は、寺田屋事件で負傷した龍馬が、西郷隆盛らのすすめで霧島の温泉などをめぐり、体を休めながら過ごしたことがきっかけだったそうです。
鹿児島や霧島の自然の中で二人はゆったりとした時間を過ごし、当時としては珍しい夫婦そろっての旅でした。
こうした体験が、のちに「新婚旅行」という言葉とともに広く知られるようになり、今でも歴史のロマンとして語り継がれているのですね。



