歴史上の人物の中でも一二を争うほどの人気を集める坂本龍馬。
歴史の教科書への掲載はもちろん、大河ドラマをはじめ、多くの作品で取り上げられています。
私は学校の授業以外のところでは、福山雅治さんが坂本龍馬を演じられた大河ドラマ『龍馬伝』が印象に残っていますね。
この記事では、そんな今も大人気の坂本龍馬に関する一般向けの雑学&豆知識を紹介!
教科書には載っていない幼い頃の龍馬のことや、家族との関係、さまざまなできごとについてまとめました。
坂本龍馬のことをもっと知りたいという方はもちろん、勉強の息抜きとしてもぜひチェックしてみてくださいね!
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5人兄弟で坂本龍馬は末っ子NEW!
5人兄弟の末っ子として高知で生まれました。
兄が1人、姉が3人いて、特に3歳年上の姉・乙女は龍馬をとてもかわいがり、剣術の練習を厳しくしながらも応援したり、成長を支えたそうですよ。
子供のころの龍馬は泣き虫で体も弱かったといわれますが、家族の愛情に見守られながら少しずつたくましくなっていったのかもしれませんね。
龍馬は大人になってからも乙女姉さんを深く信頼し、たくさんの手紙を書き送っていました。
家族の支えが、後に日本を動かす大きな力につながったのでしょう。
ペリーが来航した際は品川で沿岸警備にあたっていたNEW!
坂本龍馬は、ペリー来航のとき品川で沿岸を警備していた人物として知られています。
1853年にペリーの黒船が浦賀に来た後、幕府は江戸湾を守るため、品川などの海岸に防備を命じたのですね。
その一環で、土佐藩の江戸屋敷周辺にいた龍馬も動員され、品川の海岸警備に参加したといわれています。
巨大な黒船を実際に目の前で見たことで、龍馬は日本の国づくりを考えるきっかけを強く持ったとも伝えられています。
若いころの体験が、のちの「日本を変える行動」につながったという重要な出来事です。
勝海舟に弟子入りしたNEW!
坂本龍馬は、土佐藩を飛び出したあと、日本の未来を変えたいと考えていました。
そんな龍馬が出会ったのが、海の大切さや世界のことをよく知る勝海舟だったのです。
最初は勝を討とうとしていたという話もありますが、実際には紹介を受けて会ったという説もありますよ。
勝の考えに感動した龍馬は弟子入りし、海軍や新しい国づくりを学びました。
龍馬は姉への手紙で勝海舟を「日本第一の人物」と書くほど尊敬していたそうです。
この出会いが、日本の未来を切り開く大きな一歩になったそうです。
後に「海援隊」と呼ばれる貿易会社「亀山社中」を設立したNEW!
坂本龍馬は1865年、長崎で「亀山社中」という組織をつくりました。
海運や貿易をしながら、西洋の船や武器を運び、日本をより良い国にするための活動を進めたのですね。
当時としてはとても新しい考え方で、「日本初の商社」と呼ばれることもあります。
その後、1867年に組織は「海援隊」へと名前を変え、龍馬が隊長となりました。
利益を出しながら社会の役に立つことを目指した海援隊の考え方は、現代社会にも通じる部分があります。
龍馬の先進的な発想が伝わってきますよね。
才谷梅太郎や西郷伊三郎などさまざまな変名を持っているNEW!
身の危険が多かったため、ひとつの名前だけでなくいくつもの「変名」を使っていました。
たとえば有名なのが「才谷梅太郎」で、これは手紙の署名などに使われたそうです。
また「西郷伊三郎」という名前も使い、相手に自分だと気づかれないように連絡をとることもありました。
これらの変名は、幕府に追われていた龍馬が安全に活動するための工夫だったのですね。
さらに「取巻の抜六」など別の名前もあり、時と場所によって使い分けていたのです。
たくさんの名前を使いこなすことで、龍馬は日本中を動き回りながら活動を続けていけましたよ。
日本で初めて新婚旅行をしたNEW!
日本で初めて新婚旅行をした人物といわれている坂本龍馬。
1866年、妻のおりょうと一緒に鹿児島県の霧島や温泉地を訪れ、寺田屋事件で負ったけがを治しながら旅を楽しんだそうですよ。
当時は夫婦で旅行すること自体がとても珍しかったため、この旅は「日本初の新婚旅行」として有名になりました。
けれども、これより前にも似た旅があったという説もあり、「最初といわれている」が正確かもしれませんね。
龍馬は旅の思い出を姉への手紙に絵入りで書き残しており、その楽しそうな様子が今でも伝わっています。
暗殺された近江屋だけでなく、寺田屋でも襲われているNEW!
坂本龍馬は京都の近江屋で暗殺されたことで有名ですが、その約2年前にも寺田屋事件で命を狙われていたそうです。
1866年、伏見の旅館・寺田屋を役人たちが取り囲みましたが、妻となるお龍が入浴中に異変に気づき、急いで龍馬へ知らせました。
おかげで龍馬は応戦し、手にけがを負いながらも逃げ切ることができたのです。
しかし翌年、近江屋で再び襲われ、今度は命を落としました。
龍馬は生涯で二度も大きな襲撃を受けた人物だったのです。



