【一般向け】明日誰かに披露したい!坂本龍馬の雑学&豆知識
歴史上の人物の中でも一二を争うほどの人気を集める坂本龍馬。
歴史の教科書への掲載はもちろん、大河ドラマをはじめ、多くの作品で取り上げられています。
私は学校の授業以外のところでは、福山雅治さんが坂本龍馬を演じられた大河ドラマ『龍馬伝』が印象に残っていますね。
この記事では、そんな今も大人気の坂本龍馬に関する一般向けの雑学&豆知識を紹介!
教科書には載っていない幼い頃の龍馬のことや、家族との関係、さまざまなできごとについてまとめました。
坂本龍馬のことをもっと知りたいという方はもちろん、勉強の息抜きとしてもぜひチェックしてみてくださいね!
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【一般向け】明日誰かに披露したい!坂本龍馬の雑学&豆知識(1〜10)
薩長同盟成立の立役者NEW!
幕末の日本では、薩摩藩と長州藩は仲が悪く、協力することは難しいと考えられていました。
しかし坂本龍馬は、お互いの話を何度も聞き、橋渡し役として活躍したそうです。
そして1866年、ついに「薩長同盟」が結ばれました。
この同盟によって両藩は力を合わせるようになり、幕府を倒して新しい国づくりを進める大きなきっかけに。
ただし、現在では龍馬だけでなく、中岡慎太郎や西郷隆盛、木戸孝允など多くの人が協力して実現したと考えられています。
龍馬は、その中心で活躍した仲介役として知られていますよ。
誕生日と暗殺された日が同じNEW!
坂本龍馬には、とても不思議な偶然があります。
それは、誕生日と暗殺された日がどちらも旧暦の11月15日だったことです。
1835年11月15日に生まれ、1867年11月15日に京都の近江屋で暗殺されました。
そのため「誕生日に亡くなった人物」として語られることが多いのです。
ただし、現在のカレンダーに直すと、生まれた日は1836年1月3日、亡くなった日は1867年12月10日となり、同じ日ではありません。
旧暦では同じ日ということですね。
歴史好きには有名な豆知識ですよ。
高杉晋作からピストルをもらっているNEW!
幕末の志士・高杉晋作からピストルを贈られたことで知っている人も多いのではないでしょうか。
龍馬自身が木戸孝允へ送った手紙に「かの高杉より送られ候ピストール」と書いており、高杉からもらったことは史料で確認できます。
このピストルは1866年の寺田屋事件で役立ち、龍馬は襲ってきた役人に向けて発砲し、けがを負いながらも逃げ切ったのですね。
ただし、「上海のお土産だった」という話は有名ですが、これについては確かな証拠がなく、現在ではさまざまな説があります。
歴史の裏側を知ると、さらに興味がわいてきますよね!
【一般向け】明日誰かに披露したい!坂本龍馬の雑学&豆知識(11〜20)
剣術は「北辰一刀流」を学んだNEW!
剣術を学ぶため、江戸の道場で「北辰一刀流」を習いました。
この流派は、千葉周作が広めた剣術で、分かりやすい技と実戦的な動きが特徴ですよ。
龍馬は千葉定吉の道場で修行し、厳しい稽古を重ねました。
最初は弱かったといわれていますが、努力して上達し、仲間からも一目置かれる存在になっていきます。
剣術の修行で身につけた集中力や冷静さは、のちに日本の未来を考えて行動する力にもつながりました。
若いころの学びが、龍馬の大きな挑戦を支える土台になったのですね。
姉の乙女にたくさんの手紙を書いていたNEW!
遠く離れて活動しているときでも、姉の乙女にはたくさん手紙を書いていたそうです。
手紙には近況だけでなく、世の中のことや自分の考えも書かれ、時には冗談まじりの表現もあったそうですよ。
乙女からの手紙も龍馬にとって大きな励みになっていたようで、姉弟の強い絆が感じられますよね。
実際に残っている手紙では、龍馬が「姉さんの話は面白い」と笑ったことや、生活の様子を詳しく伝えている内容もあります。
忙しい中でも手紙をやりとりし続けたことから、龍馬が家族をとても大切にしていたことが伝わってきます。
幼い頃は泣き虫だったNEW!
坂本龍馬は、幼いころはとても泣き虫で、体も弱く、友だちからからかわれることもあったそうです。
外で遊んでもすぐ泣いてしまうことが多く、家族、とくに姉の乙女に心配されながら育ちました。
そのため乙女は龍馬に剣術や体をきたえる練習をさせ、少しずつ強くなるように助けていたのですね。
はじめは弱かった龍馬ですが、努力を続けることでたくましく成長していきます。
こうした幼少期の姿が、のちに日本を動かす大きな人物へと成長する出発点になったといわれています。
愛刀は「陸奥守吉行」NEW!
坂本龍馬の愛刀は「陸奥守吉行」で、土佐藩の刀工・吉行が作った打刀です。
龍馬は兄からこの刀を譲り受け、「国のために使いたい」と大切にしていたそうです。
この刀は実戦向きで切れ味も良く、龍馬の行動を支える相棒のような存在だったとも言われています。
1867年の京都・近江屋での暗殺のときにも身に帯びていたという説も。
龍馬は剣術だけでなく新しい時代を切り開く人物でしたが、そのそばにはいつもこの愛刀がありました。
刀は龍馬の生き方そのものを象徴する大切な道具だったのですね。


