京都の治安維持や、尊王攘夷運動をおこなう人たちを取り締まるために幕末に結成された「新撰組」。
近藤勇や土方歳三など、今でも名が残るたくさんの隊士が所属していました。
その人気から数々のドラマやマンガ、アニメ作品もたくさん製作されていますよね。
幕末の歴史がちょっと苦手な私も、アニメやドラマなどを通じてちょっと勉強できました。
この記事では、そんな新撰組に関する一般向けの雑学&豆知識を紹介します。
新撰組ファンの方はもちろん、絶賛学校でこの時代のことを勉強しているという方も、ぜひチェックしてみてくださいね!
- 子供も大人も夢中!歴史がもっと好きになる小学生向け新撰組クイズNEW!
- 知的好奇心をくすぐる!一般向けのおもしろい幕末の雑学&豆知識NEW!
- 【一般向け】明日誰かに披露したい!坂本龍馬の雑学&豆知識NEW!
- 【小学生向け】大人も一緒に楽しもう!坂本龍馬の雑学クイズ&豆知識問題NEW!
- 子供も大人も夢中になれる!歴史の知識が深まる小学生向け幕末クイズNEW!
- 鬼滅の刃の雑学&豆知識で会話が盛り上がる
- 学校では習わない!歴史に関する雑学&豆知識を一挙紹介
- 知ると誰かに話したくなる!相撲の意外に知らない雑学&豆知識のクイズ集
- 盛り上がる!人に話したくなる雑学クイズ。意外に知らない雑学集
- 【スピーチにも】朝礼にオススメの雑学・豆知識クイズ
- 【一般向け】誰かに話したくなる!食べ物の豆知識&雑学クイズ
- 【子供向け】親子で一緒に楽しもう!鬼滅の刃の雑学クイズ&豆知識問題
- 小学生にオススメ!知ったら人に話したくなる雑学クイズ
【一般向け】思わず誰かに話したくなる新撰組の雑学&豆知識(1〜10)
土方歳三の代名詞は「鬼の副長」NEW!
土方歳三は「鬼の副長」という異名で広く知られています。
その由来は、隊の規律を厳しく守らせたことにあります。
新撰組で隊規に違反した者には厳しい処分が科され、土方歳三はその規律を徹底して隊をまとめ上げました。
その厳格な姿勢から隊士達に恐れられ、「鬼の副長」と呼ばれるようになったのです。
一方で、厳しいだけの人物ではありませんでした。
隊士の生活を気にかけ、共に戦場へ赴くなど、仲間から厚い信頼も集めていました。
厳しさの裏には新撰組を強い組織にしたいという責任感と覚悟があったと言われています。
私達も土方歳三も見習って、責任感と覚悟を持って仕事に向き合いたいものですね。
土方歳三は北海道で最期を迎えたNEW!
新撰組は京都の組織、というイメージは多くの方が抱いていることだと思います。
しかし、鬼の副長こと土方歳三は京都ではなく、北海道で人生の幕を閉じていました。
新政府軍との戦いで各地を転戦した土方歳三は、最後まで降伏せず、蝦夷地、現在の北海道へ渡りました。
そして函館の観光地として有名な五稜郭を拠点とした戦いのさなか、1869年に没したと伝えられています。
五稜郭には土方歳三のブロンズ像や函館戦争のジオラマもあり、歴史ファンにとっても楽しめるスポットです。
毎年5月には函館五稜郭祭が開かれており、土方歳三になりる土方歳三コンテストも開催されています。
我こそはと言う方、挑戦してみてはいかがでしょう?
新撰組で1番強かったと言われる人は永倉新八NEW!
新撰組最強の隊士として名前があがることが多い永倉新八。
元新選組隊士の阿部十郎が「一に永倉、二に沖田、三に斎藤」と評しています。
実際に隊士達の剣技を見ていた人物の証言であるため、信憑性があると言われています。
かの有名な池田屋事件では、近藤勇とともに多数の敵を相手に奮戦し、刀が折れ、左手を負傷しながらも敵を討ち取ったという逸話が残っています。
近藤勇らと道を違えてからも、永倉は晩年まで剣術の指導や新撰組の顕彰活動に尽力しました。
映画館でヤクザを一喝して退散させた話や、55歳で日清戦争への従軍志願したという逸話からも、その気迫は驚えなかったことが伺えます。
新撰組の前身は「壬生浪士組」NEW!
浅葱色の隊服を身にまとい、京都の治安を守った新撰組。
実ははじめから新選組という名前ではなく、もともとは壬生浪士組という組織が前身でした。
主な任務は将軍の上洛の警護。
しかし、結成後に多くの隊士が江戸に戻ることになります。
近藤勇や土方歳三らを中心とする京都に残留した隊士たちは、そのまま京都の治安維持にあたります。
その働きが評価され、幕府から正式に組織として認められたことで新選組という名前が与えられました。
歴史を知ることで、クイズや雑学トークができるほか、時代劇の楽しみ方も変わります。
また、京都観光で新選組ゆかりの地を訪れた際には、当時に思いを馳せてみるのも一興です。
新撰組の旗には「誠」の文字が書かれいているNEW!
新選組といえば、赤い旗に大きく書かれた「誠」の文字が有名です。
この「誠」には、「うそをつかず、約束を守り、最後までやりとげる」という思いが込められていたと考えられていますよ。
また、幕府や会津藩への忠義を表す旗でもあり、新選組の心を象徴する大切な印でした。
戦いの場でこの旗が風になびくと、とても目立ち、仲間たちの士気も高まったそうです。
歴史の教科書で「誠」の旗を見つけたら、「みんなで心を一つにして行動しよう」という新選組の願いが込められていることを思い出してみてくださいね!
きっと歴史がもっと身近で面白く感じられますよ。
新撰組の羽織の色は「浅葱色」NEW!
新選組といえば鮮やかな浅葱色の羽織。
特徴的なこの羽織は隊士達の象徴ともいえる存在で、袖や裾には勇壮さと力強さを象徴する白い山形模様の「だんだら」が入っていました。
一目で新撰組と分かる印象的な装いのため、現在でも新撰組を代表するイメージとして親しまれています。
この羽織が採用された理由には諸説ありますが、隊の統一感を示すとともに、幕府直属の部隊としての威厳を示す意味もあったと考えられています。
歴史番組や時代劇で新選組を題材にした作品を見た時に、あの色は水色じゃなくて「浅葱色」っていうんだよ、と紹介すると、知的に思われるかもしれませんよ。
沖田総司の死因は肺結核NEW!
沖田総司は新選組屈指の剣士として知られていますが、その命を奪ったのは戦ではなく、当時不治の病とされていた肺結核でした。
肺結核は幕末当時、有効な治療法がなく、多くの人が命を落とした病気です。
沖田総司ほどの剣の達人でも病には勝てず、若くして生涯を閉じたことは、新選組の歴史を語る上で欠かせないエピソードのひとつとなっています。
新選組を題材にしたドラマや映画を見ているとき、沖田総司が途中から戦線を離れる場面に差し掛かると、当時の背景を理解しながら作品を楽しめます。
また、テレビ番組の歴史クイズや雑学クイズにも多く出題されるため、知っておいて損のない知識だと思います。



