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中村紘子 の検索結果(1〜10)

友達の詩中村中

2007年発表のアルバム「天までとどけ」収録。

ドラマ「私が私であるために」主題歌。

85年生まれ。

東京都出身のシンガーソングライター。

静かにゆったりと奏でられるピアノの音色が優しく耳に響き、それと並行して艶のある彼女の歌声が耳にまとわりついてはなれなくなります。

長い時間(たび)岡村孝子

何気ない日常を、こんな風に切り取って言葉にできる岡村孝子さんって、本当に天才だなと思います。

そして、とっても感受性が豊かな人なんですね。

夢をかなえるって、ありのままでいるって本当にたやすいことではないですね。

まさしく、長い時間(たび)です。

かたまるや 散るや蛍の 川の上夏目漱石

かたまるや 散るや蛍の 川の上夏目漱石

夏目漱石は「吾輩は猫である」などで有名な小説家であり、近代日本文学の文豪の1人です。

漱石は大学時代に出会った正岡子規の影響を強く受け、俳句を学びました。

この句の「かたまるや」「散るや」といった表現では、ホタルが群れて1つ光のかたまりになったかと思いきや、次の瞬間にははじけるように散っていく。

その一瞬のはかない美しさが夜の川の上で展開されているといった、夏の夜の一瞬を切り抜いたような、言葉で自然を見事に表現した句となっています。

愛するということにかけては、女性こそ専門家で、男性は永遠の素人である三島由紀夫

人間の美と情熱を独自の視点で描いた作家の三島由紀夫。

『金閣寺』や『仮面の告白』などの代表作で知られる彼の残した言葉が意味しているのは、愛における男女の役割や視点の違いです。

愛や情熱のなかで葛藤し、もがく人間模様が多く登場する彼の作品や当時上人物の言葉からも言葉の意味が伝わるでしょう。

男性の不器用さや女性の愛情深さを対比することで、人間関係の本質を描き出しています。

男女の愛情表現のアプローチや恋愛の複雑さを伝える名言です。

遠山に 日の当たりたる 枯野かな高浜虚子

遠山に 日の当たりたる 枯野かな高浜虚子

1874年生まれの高浜虚子が1900年に詠んだ句がこちらです。

彼は正岡子規の生徒でもありました。

広がる枯野の向こう、遠くの山に日があたっている光景をただ詠んでいるように見え、それも美しい景色ではありますが、日が当たった山と枯野の対比や、遠山が理想や希望、目標を指しているとしたら、それに至るまでの枯野を歩いている自分たち、などいろいろな想像がかきたてられる俳句ですね。

またその場に自分がたたずんでいるという臨場感も感じられます。

美辞麗句岡村孝子

名盤と名高い2ndアルバム「私の中の微風」の中の一曲。

限りなくネガティブ傾向の強かった初期の作風がそのまま体現されているような、非常に興味深い内容の曲。

どんな重たい歌詞でも、透明感のある美しいメロディーに乗せてさらりと歌いこなしてしまう、岡村孝子の真骨頂ともいうべき一曲でしょう。

ついてない岡村孝子

アルバム「libert?」の中の一曲。

「とにかく何をやってもうまくいかない」と、どうやら負のスパイラルに陥ってしまったらしき主人公の嘆きを歌う、悲しみ一色に彩られた曲です。

クラシカルで、どこか異国情緒も漂うメランコリックなメロディーラインは秀逸。

アルバム一収録曲ながら、ファンの間でも根強い支持を集める一曲です。