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昭和レトログ の検索結果(81〜90)
フレンズレベッカ

きらびやかなキーボードのイントロを聴くだけで、胸が締め付けられるような感覚に包まれますよね。
ボーカルのNOKKOさんが初恋の記憶をもとに作詞した本作は、友情が恋に変わって壊れた関係性の切なさや、青春の甘酸っぱさがリアルに描かれています。
1985年10月当時にリリースされた楽曲で、ドラマ『ハーフポテトな俺たち』のエンディングテーマに起用されて大ブレイクを果たしました。
翌月に発売された名盤『REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜』にも収録されています。
1999年にはリミックス版が発売され、ドラマ『リップスティック』の主題歌を飾るなど、ながきにわたり愛されています。
過ぎ去った学生時代の思い出にそっと浸りながら聴いていただきたい1曲ですね。
ファミリーコンピュータ

昭和58年に任天堂から発売されたファミリーコンピューター。
通称ファミコンは、白い本体に赤のコントローラーの付いたゲーム機です。
ゲーム機の認知度や普及率が現在よりも低かった当時販売当初、6000万台の売り上げを記録し大ヒットしました。
ゲーム機は一人で遊ぶものといった考えが主流だった時代に、ファミコンは複数人で遊べることも人気がでた理由の一つだそうです。
さまざまなファミコン用のソフトも販売され、中には社会現象になった作品も。
ファミコンは日本のゲームの発展に大きな影響を与えました。
2003年に生産は終了していますが、今でも伝説のゲーム機ですね。
いろいろなデザインが登場!写ルンです

FUJIFILMの商品『写ルンです』で体験する、フィルム写真。
デジタルカメやスマホの普及により、使い捨てカメラを使うことはめっきり少なくなりましたね。
しかし、取り直しのきかないフィルム写真だからこそ、その時の特別な思い出を切り取れるはず。
『写ルンです』は電池が内臓されているので充電要らず、操作も簡単です。
フラッシュもついているんですよ。
現像するまでどんな写真になるか分からない、フィルム写真のドキドキ感をぜひ楽しんでください。
昭和30年代に「三種の神器」と呼ばれた家電製品は白黒テレビ、冷蔵庫、あと一つは何?
昭和30年代の初めの頃、白黒テレビと冷蔵庫と洗濯機が「三種の神器」として一般家庭に普及し始めました。
当時はとても高価な電化製品でテレビは街頭で見るものでしたがこの頃から各家庭に設置されるように。
昭和30年代後半あたりからはカラーテレビが普及し始めました。
国会議事堂 十円券
表面に描かれた見た目がかっこいい!
国会議事堂十円券をご紹介します。
国会議事堂といえば、日本の立法機関である国会が開催される建物ですよね。
旅行や観光で実際に建物を見に行ったという方も多いのでは。
国会議事堂十円券は昭和21年にあたる1946年の2月25日に発行され、昭和30年にあたる1955年の4月1日に支払停止されました。
国会議事堂の他にも数字で「10」と表記があり、デザインも凝っているように感じますよね。
記憶にある方や自宅にコレクションしている方もいるのでは。
昭和レトログ の検索結果(91〜100)
1988年12月の東京

当時の池袋や日比谷などの街並みの映像です。
公害状況を教えてくれる電光掲示板や電信柱への貼り紙など、懐かしいアイコンもたくさん登場していますよ。
1989年に年号が平成に変わるため、1988年といえば昭和最後の年ですね。
この映像は12月との事ですが、言われないと分からないくらい、クリスマスの飾り付けが見当たりません。
近年は12月になると歩道や駅、ビル前などにさまざまな飾り付けがされているので、何だか不思議な気分です。
アポロ
昭和の頃から長く親しまれているチョコレートといえば、三角の形がかわいらしいアポロを思い出す方も多いのではないでしょうか。
いちごチョコとミルクチョコの二層になった優しい甘さは、子どもの頃のおやつの時間を思い出させてくれます。
小さな粒で食べやすく、家族や友人と分け合いながら食べた記憶がよみがえるという方も多いでしょう。
箱を開けると並んでいるピンク色のチョコレートは見た目も楽しく、つい手が伸びてしまいます。
遠足やおやつの時間、テレビを見ながら食べた思い出など、さまざまな場面に寄り添ってきたお菓子ですよね。
1930年代の東京

1930年代の東京は、モダン文化と庶民の暮らしが調和する、活気に満ちた時代でした。
銀座屋新宿には近代的な建物や百貨店が立ち並び、街には洋装の女性や学生の姿が増えていきます。
地下鉄の開通によって都市の移動が便利になり、ジャズ喫茶や映画館などの娯楽も人気を集めました。
一方で下町には長屋や市場が残り、昭和初期らしい人情味あふれる光景も健在です。
近代化の波と庶民の生活が交差する、豊かな表情を持つ東京の姿が感じられます。
いすゞ ベレット

いすゞ「ベレット」は1963年から1973年まで販売された小型乗用車で、卵の殻をモチーフにした丸みを帯びたコンパクトなボディが特徴です。
1964年にはスポーツモデルの2ドアクーペ「ベレット1600GT」が登場。
通称「ベレG」と呼ばれたこの車は、日本で初めて”GT”を名乗ったモデルとして知られています。
GTの名にふさわしく強力なエンジンを搭載した「ベレG」は、モータースポーツでも活躍、スカイラインが登場するまではサーキットを席巻していたそうですね。
ルーズソックスコーデ
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♬ オリジナル楽曲 – み – み
平成の中高生のマストアイテムといえば、ルーズソックス!
ギャル系の女の子が履いているイメージをお持ちの方が多いでしょう。
そのルーズソックスが令和で再熱しているようです。
平成では制服に白のルーズソックスを合わせるのが主なスタイルでしたが、令和ではさまざまなカラーが登場し、ショートパンツなどの普段着に合わせて着用されているようですね。
ワンポイントやバイカラーなど、オシャレなアイテムとしてたくさん登場していますよ。
映画

昭和の日本では、全国各地の町に小さくても映画館がありました。
現在はショッピングモールや商業施設に入っていたり、駅の近くといったところに映画館があるかと思います。
入れ替え制ではないので、続けて映画を見てもいいですし、一日を映画館で過ごす人もいたそうですよ。
また、二本立てのところが多かったそうです。
予約席はなかったため、人気のある映画は日曜日や祝日には、立ち見をして見ていました。
現在の映画を見に行くといったことと、だいぶ様子は違ったようです。
高齢者の方も映画がお好きな方もいらっしゃるかと思います。
当時好きだった映画を聞いてみてはいかがでしょうか?
D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜

アニメ『D・N・A2 ~何処かで失くしたあいつのアイツ~』は桂正和さんの漫画を原作として、1994年に放送された作品です。
DNAオペレーターの葵かりんが、主人公である桃生純太のDNAを修正するために未来からやってきたという、SFの要素も強いストーリーですね。
そんなSFの中でも、ラブコメが展開されていくという、そのギャップのある展開でも注目されました。
ブレイク直前のL’Arc~en~Cielやシャ乱Qが主題歌を歌唱していたということなど、細かく語り継がれるポイントを残した作品ですね。
トヨタ センチュリー

「センチュリー」は1967年から製造・販売しているトヨタの最高級乗用車です。
センチュリーという名称は、初代モデルが発表された年が「明治100年」にあたり、またトヨタの創始者の生誕100年であることに由来しているそうです。
官公庁の公用車、企業の社用車といえば「センチュリー」、天皇陛下が使用される御料車も現在はこの車ですね。
無駄を徹底的に排除し、効率的に生産する「トヨタ生産方式」とは真逆の職人による手間と技術で作られています。
1964年日本の風景

1964年の日本での大きな出来事として、東京オリンピック開催と東海道新幹線開業がありました。
東海道新幹線は、東京オリンピックに向けて全観光客や関係者の高速輸送や、経済効果などの理由により開業したそうですよ。
東海道新幹線を祝う、セレモニーも盛大におこなわれました。
当時の最高速度は時速210キロメートルでしたが、技術が進み現在の最高速度は時速285キロメートルで運転されています。
その速さから、開業当時は夢の超特急とも呼ばれていたそうです。
昭和の給食に給食の定番だったお肉といえば何でしょうか?
クジラはかつて庶民の食べ物でした。
海に囲まれた日本ではクジラは食肉として利用されてきたのです。
そのため昭和30年から40年代にかけて、学校給食でもクジラを使ったメニュが―提供されていました。
特に、クジラの竜田揚げは多くの学校で出されていたようです。
栄養価が高いクジラの肉は、栄養不足を補う大切な食糧でした。

