ビートルズの曲の日本語タイトルにまつわる裏話
ビートルズの楽曲の中には日本語タイトルが付けられているものもあります。
今回はその中でも誤訳ではないかという説があるものをご紹介いたします。
1つの日本語タイトルにもさまざまなストーリーが隠されています。
なぜ日本語タイトルを付けたのか?
ビートルズの作品にはたくさんの日本語タイトルが付けられています。
これには事情があって、1960年代当時、英語が分かる日本人が少なかったからです。
まあ、さすがに「She Loves You」くらいは分かったでしょうけどね。
歌詞が分からないのは仕方ないとしても、タイトルは分かってもらわないと、それ次第でレコードが売れるか売れないかに影響します。
また、長いタイトルになるとそもそも覚えてもらえません。
「I Want To Hold Your Hand」これを当時の日本人が覚えるのは、かなり大変だったでしょうし、そもそも意味が分かる人は少なかったでしょう。
だから「抱きしめたい」というタイトルが付けられました。
元のタイトルに忠実に翻訳すると「君の手を握りたい」ですが、これではインパクトに欠けるからとあえて意訳したんです。
また、忠実に翻訳しても意味が分からないものもありました。
それで分かりやすい日本語タイトルを付けることが一般的になったんです。
これは映画でも同じで懐かしの名画でいうと「Bonnie and Clyde」、これを原題に忠実に翻訳すると「ボニー・アンド・クライド」になりますが、これではさっぱり分かりません(^^;)
人名ですから読み方が分かったところで、一般の人には何も伝わりません。
そこで、当時の映画配給会社はこんなタイトルを付けました。
「俺たちに明日はない」
これは実にキャッチーなタイトルで、映画の持つイメージが確実に見た人に伝わります。
最近は、日本人の英語力もかなり向上したので、タイトルそのままで公開されることが多くなりました。
でも、「Frozen」という映画のタイトルが何だか分かりますか?
素直に翻訳すれば「凍結」ですが、さすがにこれは日本語タイトルを付けないと味も素っ気もないですよね(^^;)
このタイトルだったらあれ程ヒットしたかどうか分かりません。
そこで付けられたタイトルが「アナと雪の女王」です。
タイトルを付けるのも一苦労
まあ、そんなわけで洋楽にも日本語タイトルが付けられることは一般的でした。
しかし、タイトルを付けるのもかなり困難な作業です。
単に英語が理解できるだけはダメで、一目で内容が一般の人々に伝わり、しかも原曲のイメージを壊さないタイトルを付けるのはそれほど簡単ではありません。
それに、その国の国内事情とか、俗語とか、ジョークとかそういったものも理解していないといけません。
当時の担当者の苦労がしのばれます。
それで、一生懸命考えて日本語タイトルを付けたのですが、誤訳してしまったものもあります。
今回はそれをご紹介します。
ノルウェーの森(Norwegian Wood)-世紀の大誤訳!
え?
Norwegian は「ノルウェーの」でWoodは「森」だよね?
これで合ってるんじゃないのと疑問に思われる方がほとんどだと思います。
それがまた曲のイメージにピッタリなんですよ。
いかにも霧のかかった神秘的なノルウェーの森の光景が目に浮かびます。
ところが、これは完全な誤訳なんです!
なにせこのタイトルを付けた高嶋弘之氏(ヴァイオリニストの高嶋ちさ子氏の父上)が自ら認めてますから。
Woodには森の意味もあるんですが、ここでは「木材」の意味で使われています。
森だったらむしろForestを使ったでしょうね。
正確には「ノルウェー製の木材」ですね。
曲調が幻想的ですし、ジョージ・ハリスンが初めて演奏したインド楽器のシタールの響きも心地よく、歌詞も意味深なため誤訳しても仕方なかったかなと思います。
っていうか、原題よりむしろ日本語タイトルの方がずっと原曲の持つ雰囲気が伝わります。
こういうのを「怪我の功名」というんでしょう。
なお、このタイトルは、村上春樹の小説でも「ノルウェイの森」として使われ、映画にもなりました。
高嶋氏も「誤訳だったけど正解だった」と喜んだとか。
しかし、不思議なのはなぜジョン・レノンがこのタイトルを付けたかです。
元々歌詞はでき上がっていたのですが、まだタイトルがついていなかったのです。
そして、彼自身、なぜこのタイトルを思い付いたのか覚えていないと後に語っています。
この制作を手伝ったポール・マッカートニーは、当時、ピーター&ゴードンというデュオ・グループのピーター・アッシャーが自分の部屋をノルウェーの木材で装飾していたと語っています。
あくまで彼の想像ですが、当時はそれがちょっとした流行になっていて、無意識にジョンがそれを取り入れたのではないかということです。
これが正しいとすると、主人公が女性の部屋に招かれて語り明かしたという歌詞ですから、「ノルウェーの木材で装飾された部屋」というのが一番近い翻訳になりますが、これでは何の詩情もありませんね(^^;)
大体、「ノルウェーの木材」なんてタイトル自体がちょっと不自然です。
もう1つ説があって、ビートルズがキャバーン・クラブの下積み時代に、ノルウェーを旅行した女性ファンがジョンにお土産の人形をプレゼントしてくれたのです。
それがまた珍妙な代物で、おじさんがトイレに腰かけている人形だったんです。
受け取ったジョンは、「何だいこれ?
Norwegian woodかい?」と尋ねました。
ただ、これは実話ですが、この作品を制作する3年も前の話ですし、こんなささいなやり取りをジョンが覚えていたのかどうかも怪しいです。
ジョン自身もこの説については、何も語っていません。
あ、まだ説がありました。
ジョンが作った元の歌詞は「knowing she would」でしたが、これだとジョンが浮気したのではないかと誤解されかねないとの指摘を受け、咄嗟(とっさ)に歌詞を変えたという説です。
確かに、ゴロはピッタリ合うんですけど、どうだかなあ~?
あるいは、リンゴ・スターが初めて歌詞を聴いたときに「knowing she would」を「Norwegian wood」と聴き間違え、ジョンがそれは面白いと採用したという説もあります。
もうこうなってくると何がほんとなんだか分かりません(^^;)
意訳か?
誤訳か?
-ビートルズがやって来る ヤァ!
ヤァ!
ヤァ!
(A Hard Day’s Night)
これは「誤訳」ではなく「意訳」したのだというのが一応建前になっています。
でも、皆さん、何か違和感を感じませんか?
意訳だとしても、余りにも原題と日本語タイトルがかけ離れてますよね?
それにヤァ!
ヤァ!
ヤァ!
って何ですか?
意味不明です。
イエー!
イエー!
イエー!
ならビートルズが盛んに歌ってましたからまだ分かりますけど。
実は、この日本語タイトルを付けたのは映画評論家として有名な故水野晴郎氏なんです。
水野氏は、当時この映画の配給会社の社員で、日本語タイトルを付ける仕事もしていました。
これもその1つです。
なぜ誤訳ではないかとの疑惑が沸くかというと、当時、同じような時期に1963年のマンチェスター公演を記録した「The Beatles Come to Town」という映画が入荷したんです。
そのポスターがこちら。
このタイトル「The Beatles Comes to Town」を翻訳すると、まさに「ビートルズが街にやってくる」でピッタリ!
しかも、この当時のポスターにははっきりYa!Ya!Ya!と記載されているんです!
前半だけならまだしも、ご丁寧(ていねい)に間投詞のYa!Ya!Ya!まで入っているんですから、これはもう間違いないでしょう。
水野氏は、これと取り違えて日本語タイトルを付けてしまったのではないかという疑惑です。
というのも当時、日本はまだまだ海外の事情には疎く、本当に限られた情報源しかありませんでした。
水野氏は、何の疑問も抱くことなくそのまんま日本語タイトルを付けたのだと思います。
バタバタした中で情報元を丁寧に確認する作業もできなかったんでしょう。
気軽に国際電話なんかできる時代じゃありませんでしたし。
この日本語タイトルは、チケットやポスター、広告、雑誌などありとあらゆるメディアに使用されました。
しばらくしてから間違いに気付いたのでしょうが、既に多額の経費を使ってしまってますから、今さら訂正できません。
それで見なかったことにして、このままいっちゃえとなったんではないかというのが私の推測です。
このように、誤訳だという説もありますが、これは当時の日本のファンの心境をうまく表現したと評価する人もいます。
ですから、真相は藪(やぶ)の中です。
水野氏が正しいタイトル「A Hard Day’s Night」を目にしていたら、どんな風に日本語タイトルを付けたか興味が沸きます。
何しろ、彼の付けた洋画の日本語タイトルは素晴らしいものばかりだからです。
「夕日のガンマン」「大脱走」「俺たちに明日はない」「史上最大の作戦」「ランボー」……。
何とランボーにいたっては、日本語タイトルに原題が変更され、水野氏には感謝状が贈られました。
しかし、さすがにこの「ビートルズがやってくる」は最近では使われなくなり、「ハード・デイズ・ナイト」と表記されることが一般的になりました。
日本語タイトルが盛んにつけられたのはビートルズの前期までで、後期に入ると日本でもメジャーな存在になったためか、つけられることは少なくなりました。