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柏原芳恵 の検索結果(21〜30)
一恵山口百恵

1980年、三浦友和との結婚式に発売になった最後のシングルです。
彼女自身が作曲しており、苦労して育った幼いころの感情から、素晴らしい人とめぐり会った今を、言葉選びせつせつと歌い上げています。
歌手として活躍した短い期間は、この幸せをつかむためにあったような気がします。
う、ふ、ふ、ふ、EPO

83年発表のシングル。
60年生まれ。
東京都出身。
結婚後の本名は宮川榮子。
芸名は子供の頃のあだ名に由来してます。
この曲は資生堂のCMキャンペーンソングとして使用されました。
サビのリフレインが非常に耳に残る印象的な曲です。
禁じられた遊び山口百恵

1973年11月発売青い果実の路線からそう遠くない歌詞ですが、タイトルほど内容は強烈なものではなく、10代の恋愛を歌詞にするならせいぜいここまでだなと思う詞でもあり、曲も今までよりは耳に入りやすく少しずつアイドルとしての位置を定着させていった段階の曲です。
冬の色山口百恵

1974年に発売された7枚目のシングルで、シングルチャートで初めて1位を獲得しました。
まだ、あどけなさが残る声と唄い方ですが、当時の日本の女性を象徴するような歌詞が彼女の魅力を引き出し、将来のスターを予感させた1曲です。
赤い衝撃山口百恵

人気ドラマ、赤いシリーズ「赤い衝撃」のテーマ曲です。
曲よりもドラマシリーズが当時かなりの人気があったため、ドラマのイメージで作り上げている印象があります。
曲のエンディングがドラマとは少し違うバージョンになっています。
愛の嵐山口百恵

1979年にリリースされた楽曲です。
女性の持つ嫉妬心を激しく唄った曲で、彼女自身も「自分にとって嫉妬心は毒を含んだ危険な感情なのである」と自著でも語っているなど、女性のおさえきれない感情を見事に表現しています。
夢先案内人山口百恵

1977年にリリースされた17名目のシングル。
これまでは短調でマイナーな曲が多かった中、めずらしく彼女のやわらかで明るい部分を前面に出した楽曲で、オリコン1位も獲得しました。
せいそなワンピース姿が人気でした。

