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Muddy Waters の検索結果(71〜80)
Chicago BoundJimmy Rogers

シカゴ・ブルースの父とも呼ばれるマディ・ウォーターズさんの片腕的な存在として活躍し、シカゴ・ブルース創成期において重要な役割を果たしたブルース・ギタリストがジミー・ロジャーズさんです。
今回紹介している『Chicago Bound』は、ジミーさんが1950年代に名門チェス・レコードで録音した音源を集めた編集盤で、オリジナルは1970年にリリースされた作品です。
マディ・ウォーターズさんやリトル・ウォルターさんといった、そうそうたるブルースマンが参加した本作は、気の合う仲間とほろ酔い気分でセッションしたようなラフな雰囲気がとてもステキなのですね。
これぞブルースと呼べる楽曲であっても、ブルースと言われてイメージされるようなだみ声とは一味違うさわやかなロジャーズさんの歌声もあって、ブルース初心者にも優しい作品と言えそうです。
表題曲を始めとして『That’s Alright』や『Walking By Myself』など、ブルース定番の名曲も収録されております!
Sweet Home ChicagoRobert Johnson

1911年〜1938年。
ギターのテクニックがあまりにも素晴らしいので、十字路で悪魔に魂を売り、その代わりにギターテクニックを身につけたという「クロスロード伝説」が生まれました。
27歳で亡くなり、悪魔に魂を奪われたといわれています。
「スィート・ホーム・シカゴ」はエリック・クラプトンやブルース・ブラザーズなどにカバーされているブルースのスタンダードです。
When The Levee BreaksLed Zeppelin

この曲はもともと、ブルースのアーティスト、Memphis Minnieによって書かれた、1927年のミシシッピ大洪水に関する叙情曲です。
Led Zeppelinは、1971年にリリースされたアルバムでこの曲をカバーしました。
ミキシングに苦労し、広範囲の処理が施されたため、デンマークとシカゴの2回のコンサートでしかパフォーマンスされませんでした。
Drop Down MamaSleepy John Estes

1899年〜1977年。
ブルースシンガー、ギタリスト。
6歳の頃、石が目に当たり片目を失明、もうひとつの目にも障害が残ってしまいます。
1941年頃にはカントリーブルースの人気が衰え、活動をやめ小作人に戻りますが、1962年に再びブルースが流行りエスティスも再発見され活動を再開しました。
Yonders WallJunior Wells

バディ・ガイと共にマディ・バンドの第二世代と言ってよいでしょう。
マディ・バンドの中でも悪名高きハーピスト、ジュニア・ウェルズ。
ローリングストーンズのオープニング・アクトをやったことにより、絶大な知名度を得ることができました。
本曲収録のアルバムは、ファンキー・ブルーズの名盤です。
Give Me Back My WigHound Dog Taylor

1915年〜975年。
ブルースシンガー、ギタリスト。
多指症で左手の指が6本あったとのことで、6本指のギタリストともいわれています。
しかし、本人いわく、ギターの演奏には全く役に立ってはいなかったそうです。
Dark Was the NightBlind Willie Johnson

1897年〜1945年。
ゴスペル界のパイオニア的存在のスライドギター奏者。
歌詞は宗教的なものでしたが、ボーカルはブルースシーンでも評価されています。
「ダーク・ワズ・ザ・ナイト」はもともとは讃美歌でした。
