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昭和レトロ の検索結果(71〜80)
昭和39年に開催された東京オリンピックから正式種目となったのは男子柔道ともう一つは何?
1964年に開催された東京オリンピックは、日本の歴史においても重要なイベント、交通の整備なども含めてここから動き出したものも多いですよね。
そんな東京オリンピックにおいて、男子柔道と並んで正式競技になったものといえば何でしょうか。
その競技から広まったフレーズ「東洋の魔女」と聞けば、答えに気付ける人も多いかもしれませんね。
答えはバレーボール、柔道が男子だけだったのに対してこちらは男子と女子の両方が正式に競技に加えられ、女子バレーボールの選手たちが「東洋の魔女」と呼ばれていました。
チョロQ

かわいくデフォルメされた仕様で、動かし方の斬新さも人気の秘訣でした。
チョロQは、ぜんまいばねで駆動し、グッと後ろに引いた後に手を話すと前に進んでいきます。
後ろに引いたときになる、グリグリグリという音を当時遊んだことがある方なら覚えていることでしょう。
小さなミニカーがチョロチョロ動くことから、チョロQと名前になったそうです。
1981年に販売が開始され、それまでになかった動くミニカーは大人気になりました。
販売から1年間で累計1,000万個を販売する大ヒット商品に。
その後もプログラムの入力で走行パターンが登録できたり、別売りのコントローラーでリモートコントロールができるそうです。
長年愛されているおもちゃなので、家族で楽しめそうですね。
人生ゲーム

昭和35年にアメリカの会社から販売された人生ゲームは、昭和43年に日本でも販売されました。
世界中で今もなお人気のあるボードゲームです。
人生ゲームは就職、結婚、投資など人生のさまざまな出来事を、ゲームをとおして疑似体験できるのが魅力の一つですよ。
最終的に、お金を多く残した方が勝ちです。
ですが、幸せの質や豊かさは人それぞれ違うものです。
ゲームのプレイヤー自身の価値観も考えさせるところが、このゲームの面白いところでもあります。
2023年にはSwitch版の人生ゲームも販売されるなど、これからも面白さを増していきそうなゲームですね。
1950年頃の沖縄

1950年代の沖縄を写した街並みは、どこか懐かしく温かい空気に包まれています。
赤瓦の家並や、舗装されていない道を子どもたちが駆け回る様子や、活気あふれる市場の様子も印象的です。
看板や車にアメリカ文化の影響が見られ、戦後の沖縄ならではの雰囲気がリアルに伝わってきます。
三振の音色が聞こえてきそうな静かな街の景色をはじめ、どの場面からも当時の暮らしぶりや人のぬくもりが感じられます。
素朴で静かな時間が流れる中に、復興と希望の空気が確かにあった時代の記録です。
野球盤

現在も人気があるゲームの野球盤。
昭和33年に初代野球盤が登場したときは、月産2000台の大ヒット商品になったそうです。
自宅にて野球盤で遊んだことがある方も多いのではないでしょうか?
販売するときの時代背景も取り入れて、消える魔球やスラッガーや3Dエースなど、さまざまな新機能を野球盤に搭載してきました。
ちなみに、消える魔球は、漫画『巨人の星』で、ホームベース上でボールが消える、大リーグボール2号をヒントに開発されたそうですよ。
昭和の子供たちのお使いで定番だったあるものとは何でしょうか?
現在は、年齢確認ができないとタバコは購入できませんよね。
ですが、昭和時代は子供でもタバコが購入できました。
親から頼まれて、お金を握りしめて近所のタバコ屋さんに行く光景が見られたそうですよ。
タバコを吸う場所も、現在よりも緩い規制でした。
職員室で先生がタバコを吸いながら生徒と話すこともあったそうです。
渋カジ
渋カジは「渋谷カジュアル」の略で、1980年代後半から1990年代初頭にかけて渋谷を中心に流行した若者のファッションです。
ポロシャツ、ローファー、ジーンズなど、シンプルなアイテムを着こなすのが特徴。
渋谷の男子高校生たちが「アメカジ」をベースとしたファッションを好む姿をメディアが「渋カジ」という言葉とともに取り上げ、全国的に広まりました。
当時主流だったDCブランドに対抗するカウンターカルチャーとして流行したスタイルです。
ダッコちゃん

黒いビニール製のウィンクしたお人形を、腕にぶら下げる女性の姿が当時は多くみられたそうです。
昭和35年に販売されたダッコちゃんは、当初は木のぼりウィンキーや、黒ん坊ブラちゃんといった名前で売り出されました。
ウィンキーという名前は、ウィンクしている表情からきているそうですよ。
ダッコちゃんは両手足が輪状になっていて、腕などに抱きつくようにぶら下げられます。
若い女性を中心にブームになりましたが、その後アメリカから黒人の方への蔑視にあたると批判がでたことから、製造中止となったそうです。
ですが、2000年に少しフォルムを変えて、ダッコちゃんは復活しました。
「花の中三トリオ」と呼ばれたのは桜田淳子さんと森昌子さん、あと一人は誰でしょうか?
昭和のアイドルはデビューした時期やきっかけによって、特別な名称で呼ばれることもありますよね。
そんな名称のひとつである「花の中三トリオ」のひとり、桜田淳子さんと森昌子さんとならぶ人物といえば誰でしょうか。
この3人が同世代だということ、オーディション番組『スター誕生!』からデビューした人物というだけで、思い浮かぶ人もいるかもしれませんね。
答えは山口百恵さん、結婚を機に芸能界を引退したというエピソードも含めて、伝説的なアイドルですよね。
ヒッピー

1970年代の日本では、ヒッピースタイルが大流行しました。
ヒッピースタイルには、長い丈と広がったすそが特徴のワンピースや、腰回りはピッタリとしつつ、すそに向かって広がるシルエットのベルボトムパンツなどのアイテムがあります。
体を締め付けないゆったりとしたシルエットで、カラフルなデザインが特徴的ですよ。
ヒッピーが生まれた背景には当時の戦争や抗議運動といった社会の中で、平和や自然への調和や個人の自由といった、新しい価値を提唱したことがあげられます。
この思想がファッションにも大きな影響を与えました。
昭和レトロ の検索結果(81〜90)
オセロ

昭和48年に、日本で発売されて爆発的な人気を呼んだオセロ。
白と黒の64枚の石を、いかに多く自分の石を増やすかを競うゲームです。
オセロと同じようなゲームはリバーシという名前で、イギリスで19世紀ごろに考案されていたそうですよ。
オセロは、わかりやすいルールで現在でも世界中で人気があります。
わかりやすいルールですが、一瞬で白が黒に、黒が白に展開が変わるところも魅了される理由かもしれませんね。
オセロという名前は、ちなみにシェイクスピアが書いた戯曲の題名からきているそうですよ。
DCブランド

DCブランドとは日本の衣服のデザイナーズブランドとキャラクターズブランドの総称です。
1980年代後半から1990年代初頭の日本はバブル景気に沸き、若者たちはこぞってDCブランドを求めました。
初期の代表的な「コム・デ・ギャルソン」「ヨウジヤマモト」「KENZO」「イッセイミヤケ」から「ビキ」「ニコル」「タケオキクチ」など、みなさんも推しのブランドがあったのではないでしょうか。
その後のバブル崩壊で高級ブランドより「コスパ」志向となり、DCブランドも衰退していくのでした。
瓶ラムネの中に入っている、玉の正式名称を何と言うでしょうか?
夏の風物詩でもある、瓶ラムネ。
よく冷えた瓶ラムネを夏の暑い日に飲むと、暑さも吹き飛びますよね。
瓶ラムネと言えば、中にガラスの玉が入っていることが特徴です。
このガラスの玉は正式名称を、エー玉と言いますよ。
瓶のフタに利用できるゆがみみがない規格に合格した玉をA玉と呼んだそうです。
規格に合格しなかった玉を、B玉と呼び遊び道具のビー玉になりました。
瓶ラムネの販売当時たくさんできてしまったビー玉。
ビー玉は、瓶ラムネを販売していたお店で、子供たちに配られたそうですよ。
1980年代大阪の風景

こちらは1980年頃の大阪です。
ミナミの風景が多く、当時その辺りで過ごしておられた方には懐かしい映像ではないでしょうか?
現代の大阪をご存じの方は、光っていない看板の多さに少し驚くかも……。
賑やかな印象のある道頓堀も、この頃は何だかなごやかな空気を感じますね。
しかし人々にはとても活気があり、みなさん楽しそうな表情です。
今と比べると風景もそうなのですが、誰もスマホを持っていないというのが印象的ですね。
スリンキー

スリンキーは昭和20年にアメリカで誕生したバネ状のおもちゃです。
日本では昭和35年に金属をばね状にしたものをトムボーイという名前にし、販売して大ヒットしました。
その後プラスチック製のものや、商品名を変えて各メーカーから販売されたそうですよ。
スリンキーを腕にはめたり、机に置いてペンなどを入れて置いてもいいですね。
ですがスリンキーで楽しめるのは、なんといっても階段を勝手に下りることなのではないでしょうか?
芋虫のようなユニークな動きにも、当時は大変人気があったそうです。
最近では100均のお店のおもちゃコーナーで販売もされています。
商品の進化もあり、バネの色が虹色のものや、暗闇で光るタイプ、バネの形が星形やハート形などさまざまな商品が発売されているそうですよ。

