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夏目漱石 の検索結果(1〜10)
かたまるや 散るや蛍の 川の上夏目漱石
夏目漱石は「吾輩は猫である」などで有名な小説家であり、近代日本文学の文豪の1人です。
漱石は大学時代に出会った正岡子規の影響を強く受け、俳句を学びました。
この句の「かたまるや」「散るや」といった表現では、ホタルが群れて1つ光のかたまりになったかと思いきや、次の瞬間にははじけるように散っていく。
その一瞬のはかない美しさが夜の川の上で展開されているといった、夏の夜の一瞬を切り抜いたような、言葉で自然を見事に表現した句となっています。
凩や 海に夕日を 吹き落す夏目漱石
夏目漱石は、明治時代の文豪で作家や評論家や英文学者など多くの分野で活躍してきました。
文学がお好きな高齢者の方なら「月がきれいですね」の逸話もご存じなのではないでしょうか?
また、夏目漱石は俳句も多く作っていますよ。
「凩や 海に夕日を 吹き落す」からは、風の吹く強さや一瞬で沈んでしまう冬の夕日など、景色を入れ込んでいます。
俳句の意味は、すごい勢いで吹いているこがらしは、夕日さえも海に突き落としているという意味です。
冬の夕日はこがらしが強く吹いたために沈んだと、この時期の夕日の沈み方の様子が伝わりますね。
自然は公平で冷酷な敵である。社会は不正で人情のある敵である。夏目漱石
夏目漱石さんの言葉「自然は公平で冷酷な敵である。
社会は不正で人情のある敵である。」という名言をご紹介します。
夏目漱石さんは、日本の小説家であり英文学者です。
代表作には『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『三四郎』『それから』『こゝろ』『明暗』などがあげられます。
そんな夏目漱石さんが発した「自然は公平で冷酷な敵である。
社会は不正で人情のある敵である。」という言葉は『思い出す事など』の作中で登場する一文なのだそう。
自然を甘く見ずに天災に備えようと思える名言ですよね。
ぶつぶつと 大なるたにしの 不平かな夏目漱石
明治時代の有名な作家、夏目漱石が詠んだ一句です。
句に出てくる春の季語は、「たにし」という、田んぼや池にいる丸い巻き貝のことです。
漱石は、水の中でたにしがプクプクと泡を出している様子を見て、「まるでぼやいているみたいだなぁ」と感じました。
「ぶつぶつと」は、その泡がいっぱい出ている様子を表す言葉です。
そして「不平かな」は、「何か言いたいことでもあるのかな?」とたにしをやさしく見ている気持ちを表しています。
小さな自然の動きから人の気持ちを想像して楽しむ、ユーモラスでやさしい一句です。
鴬や 障子あくれば 東山夏目漱石
こちらは昭和を代表する文豪として名高い夏目漱石の俳句です。
「鴬や 障子あくれば 東山」は、初句の鶯から、穏やかな春の日を連想させますね。
京都で、鶯の声が聞こえ障子を開けることも、風情を感じます。
障子を開けた先に広がる、思いがけない東山の光景が広がっていたのでしょう。
咲き誇っている桜が、街を流れる川や建物などとまじ合った景色は絶景だと思わされますね。
あまりの美しい景色に、夏目漱石も思わず心を奪われたようです。
思わず俳句を詠んだことも、考えられる一句ですね。
今日よりは 誰に見立ん 秋の月夏目漱石
日本を代表する文豪として知られている夏目漱石は、俳句にも深い愛着を持っていました。
この句では美しい秋の月を見上げながら、大切な人が居なくなってしまったことの切なさを月に込めた思いがにじんでいます。
この日を境に何かが変わっていくことを予感させる言葉です。
この句には文学者としての知性とともに、心の奥底にある孤独や迷いが表れているのが特徴。
秋の澄んだ月が余計にその寂しさや哀愁を引き立てています。
人生において、節目や転機に不安を抱くのは誰もが経験することでしょう。
この句は、人生の迷いや孤独を静かに映し出した、心に残る名言です。
秋の山 静かに雲の 通りけり夏目漱石
尾崎紅葉さんや芥川龍之介さんなど小説の世界で知られている文豪の多くは結構俳句も詠んでいるんですよ。
身の周りに季節の移ろいを感じたとき、その作家としての創作意欲がたくさんの句を起こさせたのでしょう。
夏目漱石さんも同じく生涯のうちに多くの名句を残しました。
その中の1句がこちら。
慌ただしく雨を運んでいた夏の雲たちが去り、空高く薄い秋の雲が見られるようになった。
そんな雲が少し紅葉を見せる秋の山をかすめ通ってゆく。
ひとときの静寂、あなたはこの秋に何を思うでしょうか?

