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Pablo Haiku の検索結果(11〜20)
鶯や柳のうしろ藪の前松尾芭蕉
柳のうしろへ行ったり、藪の前に出たり、落ち着きのない鶯の姿が目に浮かぶような俳句ですね。
春告げ鳥とも呼ばれる鶯は、梅に鶯というように、春の情景の代表格として描かれることが多いです。
だからなんとなく優美な生き物……という印象があるのですが、実は意外に動き回る鳥なんですよね。
この俳句はそんな鶯のありのままを表現し、まるで目の前にいる鶯の様子を実況しているみたいでしょう。
想像すると、ふっと笑顔になる、ステキな作品です。
葉ざくらの ひと木淋しや 堂の前
炭太祇は江戸時代中期の俳人です。
京都島原の遊郭内にて不夜庵を作り、遊女に俳諧や手習いの教授をおこない、花街の活性化に務めました。
後に盟友であった与謝蕪村と三菓社結成に参加しています。
この句で詠まれている葉桜は夏の季語であり、堂の前に咲いていた桜の木の花が散り、葉ざくらになってしまったという惜しむ思いが込められています。
しかし、かれんな花びらが落ちた後は寂しく見えても、青々とした葉の爽やかさや力強さが感じられるという側面もあります。
日本人の桜を思う気持ちはやはり特別なのかもしれませんね。
人々を しぐれよやどは 寒くとも松尾芭蕉
江戸時代初期に伊賀に生まれた松尾芭蕉が詠んだ句で、伊賀上野の配力亭に集まった俳句を詠む人たちの会で、寒くなってもよいのでここで時雨がふったらより情緒のある会になるだろうなという句といわれています。
ともに俳句を磨きあえる仲間との泊まり込みの会で風雅を楽しみたいという芭蕉の粋と俳句への情熱、そしてその場の空気感も感じられておもむきが深い俳句といえるのではないでしょうか。
志を同じくした仲間の会は楽しかったでしょうね。
梅が香に のつと日の出る 山路かな松尾芭蕉
こちらは有名な松尾芭蕉の書いた俳句で、芭蕉は江戸時代に活躍した俳人です。
この句は芭蕉が亡くなる年に書かれた俳句だそうです。
朝日が梅の香りに誘われるように顔をだすのですが、のっとという擬態語の雰囲気が独特で、芭蕉のセンスを感じますよね。
梅の香りとの質感のコントラストがとても興味深く、こんな組み合わせが意外に合う、といったイメージです。
そしてこの短い句の中に嗅覚と視覚の両方が刺激されるのもおもしろいところです。
門松や おもへば一夜 三十年松尾芭蕉
歳月の流れをしみじみと感じながら松尾芭蕉が詠んだ俳句です。
「門松や」とは、正月に家の門先に飾る門松のことで、新しい年の訪れを告げます。
「おもへば一夜三十年」とあるように、正月の一夜を迎えるたびに、あっという間に三十年もの歳月が過ぎたことを思い返しています。
芭蕉は、年の移ろいの早さや自らの人生の長さを、門松という季節の象徴を通して深く感じ、静かに感慨にふけったのかもしれませんね。
お正月に読み返すと、時間の尊さや新しい年への思いをやさしく感じさせてくれますよ。
すごすごと 摘やつまずや 土筆宝井其角
季語は「土筆」で「つくし」と読みます。
春といえば土筆という印象を持っておられる方も多いのではないでしょうか?
土筆は遊びにも使えますし、佃煮にしてもおいしいですよね!
この句はそんな土筆をテーマにした春の句なのですが、楽しげな雰囲気はあまりなく、もくもくとを意味する「すごすごと」があることで、なんとなく土筆をひたすら作業のように集めている様子に感じます。
どうして土筆を摘んでいるのか気になる作品ですよね。
Pablo Haiku の検索結果(21〜30)
遠山に 日の当たりたる 枯野かな高浜虚子
1874年生まれの高浜虚子が1900年に詠んだ句がこちらです。
彼は正岡子規の生徒でもありました。
広がる枯野の向こう、遠くの山に日があたっている光景をただ詠んでいるように見え、それも美しい景色ではありますが、日が当たった山と枯野の対比や、遠山が理想や希望、目標を指しているとしたら、それに至るまでの枯野を歩いている自分たち、などいろいろな想像がかきたてられる俳句ですね。
またその場に自分がたたずんでいるという臨場感も感じられます。

