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Pablo Haiku の検索結果(1〜10)
菜の花や 月は東に 日は西に与謝蕪村
江戸時代の俳句の三大巨匠のひとりである与謝蕪村。
俳人でありながら、画家でもあった蕪村の俳句はその情景が絵画の様に浮かび上がってくると評されています。
この句の舞台は現在の神戸市にある六甲山地の摩耶山。
当時の神戸市では菜種油の生産が盛んであり、菜の花畑が一面に広がっていたそうです。
蕪村が摩耶山に山登りをして夕暮れを迎えた時、ふと見降ろした眼下に見える菜の花畑に魅了され、この句を詠んだと言われています。
夕日に照らされた一面の菜の花畑と、夕日の反対にうっすら見える月。
その地に居なかった私たち読者にも、その情景を想像させてくれる句です。
HOLY DAYマヒトゥ・ザ・ピーポー

2007年に大阪で結成された4人組ロックバンド・GEZANのボーカルとしても活動するマヒトゥ・ザ・ピーポーさんの楽曲。
3作目のソロアルバム『不完全なけもの』に収録された楽曲で、三拍子のリズムに乗せた徐々に盛り上がっていくバンドサウンド、ささやくようでありながらパワフルさを感じるポエトリーリーディング、美しくキャッチーなメロディーなど、あらゆる要素が絶妙に混ざったアレンジが秀逸ですよね。
後半のポエトリーリーディングが楽曲の世界観を象徴しており、メロディーでは表現できない叫びが心に突き刺さるナンバーです。
明らみて 一方暗し 梅雨の空高浜虚子
高浜虚子は明治から昭和にかけて活躍した愛媛県の俳人で、同郷の正岡子規の弟子となって俳句を学びました。
自分で見た風景の描写を得意とし、自然を題材とした作品を多く残しています。
この句は明け方になり、空が明るくなってきたが、梅一方ではどんよりとした梅雨空が広がっている、という風景を描写した作品であり、皆さんも容易にその状況が想像できるかとおもいます。
良いことの兆しが見えたようでも、見方を変えると暗い部分もある、という例えにも使われるそうですよ。
Pablo Haiku の検索結果(11〜20)
夏休みポケモンGOでしかられる
外に出てポケモンを探していくポケモンGOは運動のきっかけとしても親しまれるゲーム、幅広世代に知られていますよね。
そんなポケモンGOと夏休みのおでかけを描きつつ、その際に起こるできごともコミカルに表現した俳句です。
おでかけのときにポケモンGOに集中してしまうと画面ばかりを見てしまうという、もったいなさも伝えていますね。
おでかけはゲームを進めるのにもピッタリのタイミングではありますが、実際の風景を見ることも大切なのだと思わせてくれるような内容です。
とつぷりと 後くれいし たきびかな松本たかし
松本たかしは、大正から昭和にかけて活躍した俳人です。
実物や実景をみて、ありのまま映しとるような俳句が得意でした。
「とつぷりと 後くれいし たきびかな」からは、冬の様子を感じ取れますね。
たき火で暖を取り、明るさやあったかさに見とれていると、後ろを振り返ると日がもう暮れていて景色が真っ暗になったといったことが俳句の意味です。
冬の日の入りはアッという間ということから、たき火で暖をとる面とその背後との時間の経過が込められていますね。
とっぷりという表現も面白いところです。
高齢者の方も、時間の経過を詠んだり、面白い表現などで俳句を作ってみてくださいね。
薄赤き 顔並びけり 桃の酒正岡子規
正岡子規は、自然やもの事を見たままに描写したような、印象的な俳句を残しました。
「薄赤き 顔並びけり 桃の酒」も、3月の桃の節句にお酒を飲みかわした様子が伺えますね。
お酒を飲んだので、みんな顔が赤くなっているようです。
七段飾りのお雛さまやごちそうを並べて、家族で桃の節句のお祝いをしている風景も感じられますね。
その場の雰囲気が伝わってくるのと同時に、桃の酒とすることで和やかな空間も感じられます。
気候の暖かさと、気持ちの温かさも感じる俳句ですね。
うまそうな 雪がふうわり ふわりかな
小林一茶は、生涯20000以上の句を作ったとされています。
松尾芭蕉や与謝蕪村よりもはるかに多く、俳句を詠んでいるそうですよ。
小林一茶が冬の頃に詠んだ「うまそうな 雪がふうわり ふわりかな」からは、美味しそうな綿菓子を想像できますよ。
季語は雪なので冬です。
空を見上げると、うまそうな牡丹雪が、ふわりふわり落ちてきたよとの意味になりますよ。
雪が降る様子をふわりふわりと優しい表現にすると、牡丹雪が美味しそうな綿菓子に思えますね。
ふわりのように、面白い表現を高齢者の方とご一緒に考えて俳句を作ってみるのもいいかもしれませんね。

