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Pablo Haiku の検索結果(41〜50)
流氷や 宗谷の門波 荒れやまず山口誓子
幼少期を樺太で過ごした山口誓子が、幼少期を思い出しながら詠んだ句です。
こちらの句の季語は「流氷」、海に浮かんで漂流している氷のことで、一見冬の季語のように思われるかもしれませんね。
しかし、流氷が流れてやってくるのは凍った海水が少しずつ溶け出す、春。
つまり寒い地域の春の訪れを表しているのです。
そして「宗谷」とは北海道の北にある宗谷海峡のこと。
宗谷海峡に立つ波の激しさと、漂う流氷。
春の気配が近づいてはいるけれど、まだまだ寒さが厳しい2月。
厳寒の厳しさと収まる気配のない荒波を見事に表現しています。
山里は 万歳遅し 梅の花松尾芭蕉
町中から離れた山里には、年が明け梅の花が咲いた頃にようやく万歳師がやってくる……という内容の句ですね。
万歳とは、新年を祝う言葉を歌唱して家々をまわる芸能のことで、現在の漫才の元祖とも言われていますよ。
また、お気づきの方もおられるかもしれませんが、この一句には「梅の花」と「万歳」の2つの季語が使われています。
季重なりは基本的に避けるべき技法です。
しかしこの句に関しては、主題となる季語がはっきりしており、俳句の内容が損われていません。
さすが俳聖と呼ばれる松尾芭蕉ですよね。
おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな松尾芭蕉
鵜飼とは、鵜という鳥を使って、アユなどの川魚をとる伝統漁法です。
たいまつの火が闇夜に浮かぶ船の上を照らすさまは、絵になる美しさがありますね。
芭蕉は岐阜県の長良川でこの鵜飼を見た時にこの句を詠んだと伝えられています。
この句を現代風に表現すると「鵜飼は見ているととても面白く風情があるものだが、その後には悲しさがこみあげてくる」という意味です。
とても面白いものが終わってしまう寂しさや、鵜飼の指示で魚を取り続ける鵜の様子が哀れである、といった、感動から感傷への心情の変化を16文字で描き出した名句です。
夏の空 大きな雲が ならんでるNEW!
青い夏の空に、大きな雲がにょっきりと現れる光景を見たこともあるかと思います。
夏の大きな雲といえば、入道雲でしょうか?
夏の当たり前の風景でも、俳句にして詠むことで、味わいのあるワンシーンとなりそうですね。
ほかにも、風鈴がチリンチリンと鳴っている風景や、夏祭りで金魚すくいをしている風景など夏の日常を詠んでみましょう。
俳句にすることで、新たな発見もあるかもしれませんね。
同じ風景でも、一人ひとりが感じとることは違います。
そういった違いも俳句にすると、面白いですね。
元日や おもへばさびし 秋の暮松尾芭蕉
松尾芭蕉さんの名前を聞かずに大人になった人はいないでしょう。
小学校から高校の教科書まで、芭蕉さんの名前が出てこない教科書はないのですから。
この句は芭蕉さん40歳の作といわれています。
大みそかまでなんだかんだと新年の用意にバタバタとしていたが、新年になると打って変わって水を打ったように静かになる、この寂しさはどこかあの秋の夕暮れに似ているなあ……と。
最近の日本は元旦から騒がしい?
ので、芭蕉さんのようにしんみりとはならないかな。
Pablo Haiku の検索結果(51〜60)
雪と雪 今宵師走の 名月か松尾芭蕉
こちらは松尾芭蕉が、師走の夜空を眺めながら詠んだ一句です。
「雪と雪」とは、降り積もる雪と、雪に反射する光や景色の重なりを表していると考えられます。
「今宵師走の名月か」とあるように、師走の忙しい時期でも、夜空には静かで美しい満月が輝き、雪景色とともに幻想的な光景を作り出しているのが伝わってきますよね。
芭蕉は、この句を通して、年の暮れの慌ただしさの中でも自然の美しさや静けさに心を留める感覚を表しています。
12月初めに読めば、冬の訪れと月夜の静かな喜びを味わえますよ。
タネをまき今は見上げるひまわりだ
夏を象徴する花のひまわりといえばその背の高さも特徴、空に向かって伸びる姿でもポジティブな雰囲気を伝えていますよね。
そんなひまわりが成長していく様子を描き、夏の晴れ渡る青空もイメージさせるような俳句です。
タネをまいたところから高く成長するまでを振り返る内容で、下を向いてタネをまいていた時から、見上げるほどに成長したというところから、力強さが感じられますよね。
ひまわりの花を見上げるというところで、花の向こうに見える夏の青空もイメージさせているのが大切なポイントですよ。
うつくしき 羽子板市や 買はで過ぐ高浜虚子
この句は、高浜虚子が晩秋から初冬、12月の年の瀬の風物詩を感じながら詠んだ俳句です。
「羽子板市」とは、正月に向けて羽子板を売る市のことで、色とりどりの華やかな羽子板が並びます。
「うつくしき」と感じながらも、「買はで過ぐ」とあるように、今回は手に取るだけで買わずに通り過ぎる様子を描いています。
虚子は、華やかさや楽しさを眺めつつ、あえて自分は参加せず、季節の移ろいを静かに味わう気持ちを込めたのでしょう。
12月の街角で、年の暮れの準備をそっと感じさせる、穏やかで優しい気持ちになれる一句です。
Solamente TúPablo Alborán

スペイン内で非常に高い人気を持つシンガーソングライター、パブロ・アルボランさん。
彼の音楽性はアレハンドロ・サンスさんのようなポップスにフラメンコの要素をミックスさせた感じです。
いわゆる、ヌエボ・フラメンコというジャンルですね。
彼は商業的にも非常に大きな成功を収めており、3つのラテングラミー賞を受賞しています。
現在もトップシーンで活躍していますが、当初と同じくアコースティックなサウンドを多く用いた楽曲をリリースしています。
非常にキャッチーなアーティストなので、ぜひチェックしてみてください!
火のけなき 家つんとして 冬椿小林一茶
こちらの句は小林一茶が詠んだものです。
彼の俳句は、人情味のあふれるものが多く、彼の温かい人柄が伝わってくるようです。
こちらの句は冬のさなか、暖をとる火もない家がひっそりと静まり返っている様子をうたっています。
その静まり返った家に、火の代わりといってはなんですが、赤い寒椿がさいている。
この家と椿の対比がとても美しいです。
そして彼が切り取った瞬間が現代で言うなら写真のように浮かび上がってくるさまもすてきですね。

