AI レビュー検索
Pablo Haiku の検索結果(51〜60)
明月を とってくれろと 泣く子かな小林一茶
江戸時代を代表する俳人であり、庶民の暮らしやそぼくな生活をテーマにした作風で知られる小林一茶。
泣いている子供が「明日を取ってほしい」とうったえる様子は、無邪気で不思議な発想に満ちています。
明日に対する不安や戸惑いが涙に表れているのかもしれません。
彼はそうした子供の言葉に優しく寄り添い、それをユーモラスに描きました。
愛情を込めて俳句に切り取ったのです。
澄んだ空気の中に響く泣き声が、どこか懐かしさと温かさを運んでくれる人の心に寄り添う俳句です。
通りをる 電車不思議や 酉の市久米正雄
11月のにぎやかな街の風景を眺めながら久米正雄が詠んだ俳句です。
「通りをる電車」とは、街中を忙しなく行き交う電車のこと。
その動きや音に、作者はどこか不思議な感覚を覚えています。
「酉の市」は、11月に開かれる商売繁盛の市で、露店や人々の活気が街を彩ります。
久米正雄は、電車の近代的な速さと、酉の市の昔ながらのにぎわいとを対比しながら、日常の中の非日常や、季節の移ろいを感じたのでしょう。
11月の街角で、懐かしさと新しさが入り混じる景色をやさしく味わえますね。
大晦日 定めなき世の さだめかな井原西鶴
「大晦日 定めなき世の さだめかな」。
江戸時代に俳諧師として人気を博した井原西鶴はこの俳句のなかで、「この世の中に守るべき秩序はなくなってしまい、何が起こるか分からない毎日でも、毎年大晦日だけはきっちりやってくるんだよ」と詠みました。
毎日を過ごすなかで、自分の思うようにいかないことは多くありますよね。
うまくいかない日々が続いても、良くも悪くも大晦日という日はやってきます。
今日という1日を、前向きに乗り越えていきたいものですね。
ノスタルヒコ(Nostálgico)Julian Plaza

ここまで紹介してきた曲をすべて聴いたきた方は、もうフリアン・プラサの曲調が分かるかもしれませんね。
こちらの『Nostálgico』もフリアン・プラサらしい自由な進行が特徴的です。
曲の中盤にガラッと曲調が変わり、激しくなったと思いきや後半から華やかで優雅なメロディに変化するおもしろい作品です。
島々に 灯をともしけり 春の海
春の海が暮れかけていくと、それとは対照に海に浮かぶ島々の家にあかりがぽつぽつとともるのが見えてくるといった正岡子規の俳句がこちらです。
正岡子規はこのころ毎日床に伏しており、起き上がれないくらいになっていたといわれており、この風景は想像して書かれたものか、心の中の風景だったのか、昔を思い出して書いたのかわかりません。
心の中の風景だとすると、人生が暮れかけていっても心のあかりは明るくともっているともとれるでしょう。
Pablo Haiku の検索結果(61〜70)
遠足の おくれて走りて つながりし高浜虚子
「遠足」を題材にした一句です。
遠足の列に遅れてしまった子が、急いで走ってみんなとつながった瞬間をえがいています。
「おくれて走りて」という言葉からは、焦りながらも一生懸命追いつこうとする気持ちが伝わります。
「つながりし」で、仲間と一緒になれた安心感や喜びも感じられます。
学校生活や友達との関わりの中で生まれる小さなドラマを、短い言葉で表現しています。
中学生が俳句を作るとき、身近な出来事や季節の中の感情を観察する参考になる一句です。
手毬唄 かなしきことを うつくしく高浜虚子
美しい糸で鮮やかな三角形や円など、幾何学模様に巻いて作られた手まり。
手まりは江戸時代から明治時代まで、お正月によく遊ばれていたそうです。
そのため、新年の季語にもなっていますよ。
きれいな手まりの歌をうたいながら、遊ぶ子どもたち。
ですが、この俳句が詠まれたのは第二次世界大戦が始まった時期だったそうです。
手まりで遊ぶ無邪気な子どもたちが歌ううたも、重く暗い内容だったのでしょう。
そのような内容の歌も、美しい子どもたちの歌声だったため、やり場のない気持ちになったのかもしれませんね。
高齢者の方も、日常のちょっとした出来事を詠むことの参考になりそうな俳句ですね。
紫陽花や 藪を小庭の 別座敷松尾芭蕉
お庭といえばキレイに整えられているイメージがありますが、この俳句では、紫陽花が咲く藪と表現されたありのままの庭の美しさを感じています。
自然の風景を美しいと感じることは、心のゆとりにもつながります。
紫陽花といえば梅雨の時期に咲く花ですので、静かに雨が降る中で咲く薄紫をぼんやりと眺める風景が浮かびますよね。
もしかしたら芭蕉も庭を眺めながら、心休まる時間を過ごしたのかもしれません。
6月らしい風景と時間を届けてくれる、覚えておきたい一句です。
明月や 池をめぐりて 夜もすがら松尾芭蕉
日本の俳句の基礎を築いた江戸時代前期の俳人であり、多くの名句を後世に残した松尾芭蕉。
この句では美しい月夜に池の周りを歩きながら夜通し月を眺めて過ごすという風雅な光景が詠まれています。
夜の池や月夜が思い浮かぶとともに、ひたすらに月を愛でるその心の豊かさが伝わるでしょう。
彼の句には自然と一緒に生きる心の余裕や秋の季節の美しさを感じ取る感性が詰まっています。
秋の夜長に美しい月の光を浴びながら静かに過ごす時間は、心を穏やかにしてくれるものです。
三月や モナリザを賣る 石畳秋元不死男
レオナルド・ダ・ヴィンチが制作した有名な肖像画といえば、モナリザですよね。
モナリザは世界中でも有名ですが、実は複製品も多いそうです。
石畳の上に置かれて売られているモナリザの複製品の様子を詠んだ俳句ですが、季節感も感じられるようになっています。
石畳の上に座ると、ひんやりとしているかと思います。
1月や2月の石畳なら冷たく、絵画を販売している商人もずっと寒さを感じてしまいますよね。
4月や5月なら、花が咲きはじめ、目線が上の方に向きやすいかもしれません。
3月なら石畳に絵画を置いて販売する時期にピッタリというわけです。
高齢者の方と詠んだ俳句から、いろいろ推理して情景を思い浮かべると面白そうですね。
樹も草も しづかにて梅雨 はじまりぬ日野草城
日野草城は昭和初期に起こった新興俳句運動の中心的存在であり、より自由で都会的、現代的な俳句を模索した人物です。
この句を現代風に表現すると「木々も草も音を立てず、静かにしている。
そうした静けさの中で、ぽつり、ぽつりと梅雨が始まった」という内容です。
派手な雨音や荒れた川、ぬれ景色を描くのではなく、雨が降り出す直前の瞬間を見事に捉え、音のない情景を描写しました。
梅雨の始まりや、静かに変わっていく様子を想像させてくれますね。
白露や 茨の刺に ひとつづつ与謝蕪村
江戸時代中期の俳人であり、同時に絵師としても活躍した与謝蕪村。
彼の俳句は絵画のように情景を細やかに描き出すことが特徴でした。
この句では、秋の朝に降りた白露が茨のとげにひとつひとつ留まっている様子が詠まれています。
鋭いとげに小さな露が光る姿は、自然が織りなす静かで美しい瞬間です。
茨のとげという少し荒々しい存在に、はかなく透明な露が寄り添う光景からは、厳しさと優しさが同居する自然の奥深さが伝わってきます。
人の人生にも困難や苦しみが付きまとうものですが、その中にも美しい瞬間が存在することを教えてくれる一句です。
木がらしの 吹き行くうしろ 姿かな服部嵐雪
服部嵐雪は江戸時代の俳人で、松尾芭蕉の高弟として俳諧を学んだ人物とされています。
そしてこの「木がらしの 吹き行くうしろ 姿かな」は師匠である松尾芭蕉が旅立つ際に、服部嵐雪が詠んだ一句です。
ただ単に木枯らしに吹かれているというものではなく、その旅立ちの前途を祝福し、送別の気持ちを込めて詠まれました。
「木枯らし」とは木の葉を吹き散らすほど強く吹く、冷たい風のこと。
「吹き行く」という表現から、旅立つ松尾芭蕉の後ろ姿に力強さを感じられます。
外にも出よ 触るるばかりに 春の月中村汀女
春の夜空に浮かぶ月が、手で触れられそうなほど近く明るく輝いている様子を描いています。
「外にも出よ」と呼びかけることで、月の美しさを見逃さず、自然の中に身を置いて感じてほしいという気持ちが伝わります。
春のやわらかい夜風や静かな夜の雰囲気も感じられ、月と自分、自然との距離の近さを短い言葉で表現しています。
中学生が俳句を作るとき、季語の力を借りて自然の美しさや自分の感情を結びつける参考になる一句で、春の夜のやさしい情景を想像しやすい俳句です。
旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる松尾芭蕉
松尾芭蕉は、江戸時代に活躍した俳諧師です。
現在でも松尾芭蕉が、日本各地で詠んだ俳句が残っていますよね。
「旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる」は、松尾芭蕉が51歳のときに詠んだ、生前最後の俳句ですよ。
弟子たちの言い争いの仲裁のために向かう途中で、病に倒れて寝込んでいるときに詠みました。
辞世の句でもありますが、この俳句を詠んだ時点では、辞世の句と思っていなかったという説もあります。
この俳句以外でも高齢者の方と、俳句に込められた本当の意味を考えるのも楽しいかもしれませんね。

