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松山千春 の検索結果(41〜50)
横須賀ストーリー山口百恵

1976年6月発売一変した百恵節で新たなイメージが登場した曲で、百恵さんの中では最も売れた曲です。
阿木曜子さんと宇崎竜童さんのゴールデンコンビが今後の百恵さんを一層活躍させます。
百恵さんが幼少時代に過ごしたのも横須賀でとても愛着のある歌だと語っていました。
歌い出しの「これっきり」は今なら流行語大賞を取れるかもしれません。
絶対絶命山口百恵

1978年8月発売つっぱり路線の第2段という感じの歌です。
今度は三角関係を歌っているのですが、次から次へと10代のアイドルによく歌わせるなと思いますが、かっこよく歌っているのが不動の地位を築いた百恵さんの魅力です。
ひと夏の経験山口百恵

1974年6月発売春風のいたずらで路線変更かと思いきや、またまたショッキングな詞が登場し当時は、こんな歌を歌っていいのか?
とびっくりしました。
しかしながら結果は百恵ちゃんがブレークした曲となりました。
当時はやはり賛否両論が詞に対してありましたが、この曲で紅白歌合戦初出場を果たし山口百恵という存在を全国に広めました。
よくインタビューで歌詞となっている「女の子の一番大事な物って何?」と聴かれていましたが百恵ちゃんはずっと「まごころ」で通していました。
この曲で日本レコード大賞で大衆賞を受賞しましたが、涙はありませんでした。
ロックンロール・ウィドウ山口百恵

1980年5月1980年の3月に正式に結婚の為に引退発表をした百恵さんです。
引退が近い中で宇崎竜童氏が自分が最も得意とする分野の曲を歌わせたかったのかなと思うような曲ですが、かっこいいんですが、百恵さんとロックはちょっとミスマッチのような気もしました。
赤い衝撃山口百恵

1976年11月発売赤いシリーズの4作目の主題歌です。
当時の百恵さんはあまりにも多忙でドラマの撮影の時間をさくのもスケジュール的に非常に大変だったようで、スタジオ入りするのも大先輩よりもずっと後になってしまい苦情も相当あったようです。
今考えるとホリプロという大手の事務所に所属していて良かったのではないかと思います。
松山千春 の検索結果(51〜60)
愛の嵐山口百恵

1979年6月この曲はやはりゴールデンコンビの阿木・宇崎夫婦が作り上げた物ですが何を歌っても30万枚以上は売り上げる百恵さんなのですが、プライベートでは今でこそわかる幸せな百恵さんに付き合っている男性の女性の影に嫉妬しているという詞の内容は、ミスマッチだったかもしれません。
イミテイション・ゴールド山口百恵

1977年7月発売アップテンポで夏らしくそして大人の女性を思わせる曲です。
今までは無理をしてイメージを作ってきた感じがありましたが、百恵さんの成長とともにかっこいい曲となっているのはやはりゴールデンコンビのなす技でしょうか。
謝肉祭山口百恵

1980年3月ラテン調の異国を思わせる曲で、詞の意味もかなり宗教的な感じで相変わらずのコンビには奥の深さを感じます。
ただ詞の中にジプシーという固有名詞が差別用語と言われ歌っている時代はまだ問題視されていませんでしたが、引退後は長い間封印されていた曲です。
初雪松山千春

2017年発表のシングル。
55年生まれ。
北海道出身のシンガーソングライター。
ミドルテンポの少しおどけたようなリズムとレゲエのようなゆったりとしてのどかさを思わせるようなポップなメロディに乗せて、響き渡る透き通った歌声が耳に心地良いナンバーです。
春よ、来い松任谷由実

1994年10月24日に発売された26枚目のシングルで、同タイトルのNHK連続テレビ小説の主題歌でも知られています。
卒業ソングとしても多くの人に愛されている曲で、のちに音楽教科書や、詩として国語の教科書にも掲載されました。

