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ベリーグッドマン の検索結果(31〜40)
Strange fruitBillie Holiday

「レディ・デイ」とも称される、アメリカが生んだ偉大なるジャズ・シンガー。
彼女の人生は決して順風満帆なものではありませんでしたが、多くのトラブルや問題と戦い続けた彼女の姿がそのまま形となったような歌声は、他のシンガーとは一線を画すすごみを感じさせます。
その魅力は声量やテクニックといった単純な基準で測れるようなものではなく、人生の悲哀が込められたリアルなエモーションが聴く人の魂を震わせるのです。
代表的なナンバー『奇妙な果実』をはじめとして、多くのスタンダードナンバーを残した彼女の功績は、永遠に色あせることなくいつまでも歌い継がれることでしょう。
大丈夫ベリーグッドマン

歌詞の最初のフレーズを聴いただけで、涙が出そうになる人も多いのではないでしょうか?
ゆったりとリズムに乗って紡がれていく言葉たちは、苦しみ傷ついた私たちの心にすっと入ってきます。
「大丈夫」だと、シンプルな言葉を何度も伝えてくれるこの歌は、その言葉が私たちが本当に欲しかった言葉なんだと気づかせてくれます。
何かが起こって、つらくてつらくて、自分ではもうどうしようもなくなってしまった時に、ぜひ聴いてほしい1曲です。
Midnight Train to GeorgiaGladys Knight

アレサ・フランクリンさんと並んで史上最高の女性ソウル・シンガーの誉れ高いアーティストと言えば、ジョージア州アトランタ出身のグラディス・ナイトさんです。
アレサさんは「ソウルの女王」と呼ばれていますが、グラディスさんは「ソウルの女帝」の異名を持ちます。
1944年生まれのグラディスさんは、何と7歳の若さでアマチュアののど自慢大会で優勝を果たし、幼い頃から天性の才能を発揮していた天才シンガーなのです。
1958年には親族で結成した「ザ・ピップス」の一員として14歳でレコード・デビュー、R&Bチャートで多くのヒット曲を放ちます。
数年後にはソウル・ミュージックの名門レーベルであるモータウンに移籍して、名曲『悲しいうわさ』など後世に残るヒット曲をリリース。
1973年に再びレーベルを移籍、全米1位に輝いた『夜汽車よ! ジョージアへ』など長きに渡って輝かしいキャリアを継続させ続けているというのがスゴイですよね。
一時期は契約問題からグループとしての活動停止を余儀なくされてソロに転じていましたが、1980年代後半にはヒットを飛ばしてグループとしても復活を果たし、1996年に「グラディス・ナイト&ザ・ピップス」としてロックの殿堂入りを成し遂げました。
グラディスさんはソロとしてもグラミー賞を受賞、スーパーボウルでの国家独唱など国民的なソウル・シンガーとして限りなくリスペクトされ続けています。
2020年代を過ぎた今も精力的なツアーをこなすなど、バリバリの現役として活動中の「ソウルの女帝」の歌声に触れることは、それだけで一つの貴重な音楽体験だと言えましょう。
I’m Coming OutDiana Ross

ブラック・ミュージック界の大御所にして、アメリカで最も成功した黒人女性シンガーの1人です。
60年代の時点でザ・スプリームスのリード・シンガーとしてトップスターの地位を確立していましたが、女優業にも進出した70年代以降のソロ活動においても、大きな成功を収めています。
80年代の彼女といえば、シックのナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズと組んでディスコ・ブームに呼応した『アップサイド・ダウン』でしょう。
ネタ使いとしても頻繁に引用される、定番のダンス・クラシック!
Mad About YouBelinda Carlisle

86年発表のアルバム「Belinda」収録。
58年生まれ。
ロサンゼルス出身のミュージシャン。
The Go-Go’sの解散後にリリースされたソロ転向ファーストシングルがこちらです。
アップテンポの非常にポップさが際立ったメロディが印象的なシングルです。
ベリーグッドマン の検索結果(41〜50)
I Am WomanHelen Reddy

オーストラリアを代表するアーティストの1人、ヘレン・レディさん。
オーストラリア人で始めてグラミー賞を受賞したアーティストで、現在でもオーストラリアでは多くのアーティストからリスペクトを集めています。
そんな彼女の名曲である、こちらの『I Am Woman』は1972年にリリースされた作品で、彼女の名前を世界に知らしめるキッカケとなった曲です。
キャッチーなポップですが、ところどころにソウルフルな雰囲気も感じさせるので、ぜひチェックしてみてください。
You Don’t Have to Say You Love MeDusty Springfield

1939年生まれ、1999年にこの世を去ったダスティ・スプリングフィールドさんは、まさに20世紀を駆け抜けたイギリスの偉大なシンガーです。
ロンドン生まれの彼女は1960年にお兄さんたちと一緒にザ・スプリングフィールズというグループを結成するも、1963年には脱退してソロ・デビューを果たしています。
同年のデビュー曲『I Only Want To Be With You』は全英チャート4位をマークしただけでなく、アメリカでもヒットを記録して一躍ダスティさんをトップスターへと押し上げました。
日本では『二人だけのデート』という邦題でも知られており、後にアイドル的な人気を誇ったベイ・シティ・ローラーズがカバーしてリバイバル・ヒットを飛ばしましたから、聴けばすぐに「あの曲か」と分かるはずです。
ポップスのフィールドで成功したダスティさんですが、グループ時代にアメリカを訪れた際に触れたモータウン・サウンドに多大なる影響を受けており、圧倒的な声量を持つタイプとはまた違ったホワイト・ソウルのキュートな歌声を持つ彼女の本場アメリカのソウルへの傾倒は1969年に発表された名盤『Dusty in Memphis』にて実を結ぶのです。
残念ながら商業的な成功には恵まれなかったのですが、後年多くの評論家やアーティスト、音楽ファンからの再評価が進んだ作品なのですね。
ダスティさん自身は80年代にペット・ショップ・ボーイズとの共演作でキャリアを復活させますが、冒頭で述べたように1999年に惜しくもこの世を去ってしまいました。
Call MeBlondie

紅一点ボーカルのバンド、ブロンディの1980年のナンバー。
女性ボーカリストであるデボラ・ハリーの小悪魔的な魅力がナイス。
そのブロンディのナンバーでもパワフルなナンバーとなります。
ぜひともロック好きな貴女に歌っていただきたい1曲。
I’m Every WomanChaka Khan

1980年代以降におけるソウル~R&B、ダンス・ミュージック界の女王チャカ・カーンさん。
1953年にアメリカはイリノイ州シカゴにて生まれたチャカさんは、11歳にしてボーカル・ユニットを結成するという早熟な才能を持ち、ソウルはもちろんジャズからの影響を色濃く受け継いだ歌唱スタイルで1973年には人種混合のファンク・バンドである「ルーファス」のボーカリストとしてデビューを果たし、スティーヴィー・ワンダーさんが提供した『Tell Me Something Good』をヒットさせます。
グループとしての活動中の1978年にはソロ・デビューを果たし、ホイットニー・ヒューストンさんのカバー・バージョンでも有名な楽曲『I’m Every Woman』をデビュー曲として発表。
ルーファスが1982年に解散後はソロ活動に専念、ラッパーのメリー・メルさんを迎えて早くからヒップホップの要素を取り入れたプリンスさんのカバー曲『I Feel for You』を1984年にリリースして大ヒットを記録します。
ソロ・アーティストとしての40年以上に及ぶキャリアの中で、ヒットを連発した80年代のイメージが強い方も多いかもしれませんが、むしろ2000年代以降の活動に目を向けていただきたいですね。
衰えを知らないソウルフルなハイトーン・ボーカルは健在で、2019年には完全なオリジナル・アルバム『Hello Happiness』をリリースしており、現代的なクラブ・ミュージックと見事な融合を果たしています。
ホイットニー・ヒューストンさんやメアリー・J・ブライジさんなど、多くのシンガーに影響を与えたソウル・ディーバの変わらぬソウル、ファンクネスをぜひ味わってみてください!
New AttitudePatti LaBelle

パティ・ラベルさんは、多くの偉大な存在を生み出したソウル・ミュージックの歴史の中でも極めて異例の存在です。
1960年初頭の時点で、10代だったパティさんはザ・ブルーベルズというグループでプロ・デビューを果たしており、1962年にリリースした『I Sold My Heart to the Junkman』は全米トップ40入りを果たしています。
1970年代に入ってからは自らの名前を冠した「Labelle」というボーカル・グループを率いてファンキーなソウルを展開、1975年の『Lady Marmalade』は全米チャート1位に輝いています。
それだけでも十分なキャリアなのですが、彼女の本領が発揮されたのはむしろ低迷期を乗りこえた1980年代以降からの話。
1984年に41歳という年齢で放った起死回生のヒット曲『New Attitude』は、R&Bもロックも取り込んだ直球の80年代的サウンドであり、特徴的なハイトーン・ボーカルとトレードマークとなったツンツンのヘアースタイルが誕生した瞬間でもありました。
その後もジャンルの枠内に収まらない自由な活動で人気を博し、40代にして「クイーン・オブ・ロック&ソウル」の称号を得るまでに至ったのです。
レッテルを嫌う彼女のスタイルがゆえに、日本ではそれほど知られていない存在かもしれませんが、黒人のソウルというだけで何となくの先入観を抱いてしまう人にこそ、知ってほしい偉大なアーティストです!
