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昭和レトロ の検索結果(141〜150)
昔の小学校、昭和の時代には絶対にあった、今はもうないものは何でしょうか?
昭和の小学校では常識として「焼却炉」がありました。
清掃で出たゴミや、いらなくなった書類などを焼却炉で燃やして処分していたそうです。
ですが、ダイオキシンなどの有害物質を発生させるということが問題となり、平成12年には全国的に使用禁止となりました。
昭和の時代によく見かけたサンドウィッチマン、その職業は?
サンドウィッチマン、というと今ではお笑いコンビが浮かびますが体の前と後ろに広告看板を下げ、手にも看板を持ち町長を歩いていたのがサンドウィッチマンという職業です。
パチンコ店やお店などの宣伝をしてたそうですよ。
高橋是清 五十円券
穴のあいた硬貨ではない!
高橋是清五十円券をご紹介します。
現在の五十円は穴のあいた硬貨ですが、以前は高橋是清の描かれた五十円券でしたね。
五十円券の表面には高橋是清。
裏面には日本銀行が描かれています。
発行は昭和26年にあたる1951年の12月1日で、昭和33年にあたる1958年の10月1日に支払停止されています。
高橋是清は「たかはしこれきよ」と読み、第20代内閣総理大臣です。
さまざまな勲章も受賞している偉大な方ですよね。
ニュー・ルック
1947年、戦後にクリスチャンディオールが発表した新しい女性のスタイルのことです。
戦争が終わり、ミリタリー調の洋服とは打って変わって女性的な体のラインを強調したエレガントな服が多く、バザール誌の編集長カーメル・スノウさんがそのスタイルの名付け親だそうです。
当時の人気女優、オードリー・ヘップバーンさんはこのスタイルを取り入れ広めた女優としても有名です。
彼女が映画ではいたパンツはサブリナパンツと呼ばれ大流行しました。
サクレレモン
改良を重ね続ける懐かしの味!
サクレレモンをご紹介します。
夏に爽やかなかき氷を食べたいと考える方も多いのでは。
1985年に発売して以降、内容やパッケージを改良し続けていることをご存じでしょうか?
懐かしさの中にも、食感や爽快感にこだわり続ける姿勢は、消費者である私たちにとっても嬉しいことですよね。
さらに、レモン以外のフレーバーも豊富に発売しているフタバ食品株式会社。
スーパーやコンビニエンスストアで見かけた際には、注目してみてみるのもおもしろそうですよ!
板垣退助 百円券
「B百円券」といわれている板垣退助百円券をご紹介します。
板垣退助が描かれた百円券の裏面には、国会議事堂が描かれています。
発行は昭和28年にあたる1953年の12月1日であり、昭和49年にあたる1974年の8月1日に支払停止されているようです。
板垣退助は「いたがきたいすけ」と読み、国会の開設を求めて、自由民権運動を活発に展開したことで知られています。
また、有名な言葉として「板垣死すとも自由は死せず」と発したことも印象に残りますよね。
グレンチェックジャケット

グレンチェックジャケットは、スコットランド発祥の伝統的なチェック柄を取り入れたアイテム、気品のあるジャケットとして親しまれました。
英国の歴代皇太子に愛されたという歴史とともに語られ、格式をアピールするものとしての側面も持っている印象です。
遠目には無地に見えるほどの繊細な格子柄で、その独特な奥行きと華やかさも含めて愛されていますね。
シンプルすぎないジャケットだというところで、幅広い着こなしに活用、それぞれのセンスを見せつけるアイテムというイメージです。
ペナント

旅行先のお土産として人気を集めた昭和の定番グッズといえばペナントです。
三角の布に観光地の名前や名所のイラストが描かれており、旅の記念として購入する人が多かったアイテムです。
修学旅行や家族旅行で訪れた観光地のペンダントを集め、部屋の壁に飾っていたという方も多いのではないでしょうか。
カラフルなデザインや大胆な文字が特徴で、見るたびにその土地の景色や出来事を思い出させてくれる存在でした。
現在はお土産の種類も増え、見かける機会は少なくなりましたが、部屋いっぱいに飾られたペナントはその人の旅の歴史を物語るコレクションでもありました。
七人の侍

巨匠黒澤明監督による時代劇映画「七人の侍」は、1954年に公開されました。
この年のヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞、国内外の多くの映画監督や作品に大きな影響を与えています。
戦国時代の農村で野武士にたちに収穫を奪われる生活を悩む百姓に雇われた7人の侍が、野武士の襲撃から村を守るというストーリーで、全編モノクロ映像のこの映画、クライマックスの土砂降りの雨の決戦シーンはダイナミックで圧巻です。
戦いに勝ち村に平和が戻り、侍のリーダーが「勝ったのはあの百姓たちだ、わしたちではない」と言った最後のシーンが印象的ですね。
サブリナパンツ
「サブリナパンツ」は、1950年代に爆発的なブームを巻き起こした、軽快で女性らしい印象を与える6〜8分丈のパンツです。
1954年に公開された映画「麗しのサブリナ」で、主演のオードリー・ヘプバーンが着用したことが名前の由来で、映画の中の衣装は、デザイナーのユベール・ド・ジバンシィが手掛けたと言われています。
腰回りはハイウエストで、脚のラインにぴったり沿うタイトなシルエットが特徴。
いま写真を見ても、「レトロでかわいい」と思ってしまいますね。
昭和レトロ の検索結果(151〜160)
日産 セドリック

日産「セドリック」は、1960年に初代モデルが発売された、かつての日産を代表する高級セダンで、日産が初めて独自開発した乗用車です。
後に「グロリア」と兄弟車となり「セド・グロ」の通称で呼ばれ、タクシーやパトカー、教習車としても多く採用されています。
1971年に登場した3代目モデルでは、同時期に発売された長年のライバル車であるトヨタ「クラウン」が斬新なボディスタイルでユーザーから敬遠され、国内販売台数で唯一「クラウン」を上回っていますね。
SWIMMERスイマー
平成時代に大人気だったかわいい雑貨ブランド「SWIMMERスイマー」。
カラフルでポップなデザインが特徴で、文房具やアクセサリー、小物入れなど、見ているだけで楽しくなるアイテムがいっぱいありますよ。
令和になってから、懐かしさとかわいさで再び注目され、子供から大人まで幅広い世代に人気。
例えば、ケーキやフルーツのモチーフがついたペンやポーチは、使うたびに笑顔になれるアイテムです。
日常をちょっと楽しくしたい人にぴったりの「SWIMMER」は、かわいいもの好きさんの宝箱のようなブランド。
平成の思い出を感じながら、今の暮らしにもぴったりです。
ぜひチェックしてみてくださいね!
マツダ サバンナRX-7
世界で唯一マツダが量産するロータリーエンジン。
軽量小型なロータリーエンジンを搭載したマツダ「サバンナRX-7」は、1978年に登場。
1970年代後半のオイルショックや排ガス規制により、高馬力を求めるスポーツカーには逆風の時代に、新風を巻き起こした車です。
また、スポーツカーならではの精悍なスタイルも持っていました。
空気抵抗の少ないスラントノーズ、点灯時のみヘッドランプがボンネット先端へ顔を出すリトラクタブル方式が特徴ですね。
昭和の給食に給食の定番だったお肉といえば何でしょうか?
クジラはかつて庶民の食べ物でした。
海に囲まれた日本ではクジラは食肉として利用されてきたのです。
そのため昭和30年から40年代にかけて、学校給食でもクジラを使ったメニュが―提供されていました。
特に、クジラの竜田揚げは多くの学校で出されていたようです。
栄養価が高いクジラの肉は、栄養不足を補う大切な食糧でした。
ポカリスエット
水分補給に欠かせないものというイメージが強いポカリスエット、その効果に助けられたという人も多いかと思います。
そんなポカリスエットが登場したのは1980年ということで、昭和から長く愛され続けている飲み物ですよね。
「飲む点滴」というコンセプトで作られ、失われた水分だけでなく、同時に失われたイオンまでも補給が可能という、すぐれた効果を持っています。
他の企業からもさまざまなスポーツドリンクが発売されていますが、歩んできた歴史の分、より安心感がある飲料ではないでしょうか。
ホットパンツ

股下が極端に短いショートパンツのことで、1970年代初めに世界的に大流行、日本では1971年の夏に若い女性の間でホットパンツをはくことが流行のファッションとなりました。
ホットパンツの「ホット」の由来は、1971年のパリ・コレで発表された際にファッション誌が「男性の視線が熱く(ホット)なった」という説がありますが真偽のほどはいかに。
1960年代後半はミニスカートが大流行していたので、ホットパンツも若い女性たちを中心に流行すべくして流行したのでしょうね。
昭和33年頃から当時の子供たちが熱狂していたヒーローの名前は?
昭和33年から34年まで、テレビ放送され人気となりお茶の間を沸かせて話題となった月光仮面。
当時は、放映時間になると夕方の銭湯から子供がいなくなると言われるぐらい人気があったようです。
時代劇と探偵劇を組み合わせた内容でそのヒットから後に漫画、そして映画化とブームは続きました。
日産 フェアレディZ
日本を代表するスポーツカーとして知られる日産「フェアレディZ」は、1969年に初代モデルが登場しました。
海外市場を意識して作られ、ヨーロッパのGTカーに匹敵する性能と「貴婦人」のような美しいスタイルを持ちながら安価なこの車は特に北米市場で大ヒット、日本のスポーツカーを世界に広めることとなりました。
日本では「Z “ゼット”」の愛称で呼ばれますが、海外では「Z-Car ”ズィーカー”」と呼ばれるそうですね。
ハンコください!!

昭和のおもしろいチョコレート菓子といえばこちら。
1980年にカネボウフーズから販売された「ハンコください!!」。
商品名の通り、ハンコの形をしたチョコレート菓子なのです。
チョコレート部分には名前が彫ってあり、なんとその種類は108個!
自分の名字を探しながら食べていた人も多いのではないでしょうか?
電卓と時計とハンコを持っていればもう大人、というCMも印象的でしたね。
イチゴチョコレートの「お返事ください」という姉妹商品も販売されていました。
ブラウン管テレビの写りが悪くなった時の応急処置は?
電化製品をたたくという行為、今では精密機械をたたくだなんて……と思ってしまいますが昭和のブラウン管テレビは接触不良で写りが悪くなることが多く、テレビの上や側面をたたくことで元に戻る、ということがありましたよね。

