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青屋夏生 の検索結果(51〜60)
うつし世に 妻はきよけし 夏の月
原石鼎は、島根県出身で、明治から昭和にかけて活躍した俳人です。
この句は、夏の月の明るさと、妻の清らかさを重ね合わせた作品です。
「うつし世に」は現世においてという意味を持ち、「妻はきよけし」は、妻は清らかで美しいという意味です。
「夏の月」は季語であり、澄んだ夜空に輝く月の美しさを象徴しています。
石鼎は、自然の美しさと人間の情感を繊細に描く俳人でした。
この句では、妻への深い愛情と、夏の月の静かな輝きが調和しており、穏やかで優しい情景が広がります。
八月の 雨に蕎麦咲く 高地かな杉田久女
明治時代は、俳句を詠む女性は少なかったそうです。
そのような時代の中、女性俳人の先駆けとして活躍した杉田久女。
彼女の俳句は、女性ならではの視点で日常を観察する台所俳句から始まります。
その後、生活における素朴な感動を具体的かつ率直に表現した、浪漫的な句風に移り変わっていくことが特徴ですよ。
「八月の 雨に蕎麦咲く 高地かな」の八月は、そばの花が咲く時期の9月中旬から下旬ごろでしょうか。
一面、そばの真っ白な花が咲いた様子が伝わってきますね。
紅くして 黒き晩夏の 日が沈む
山口誓子は昭和を代表する俳人で、都会的で知的な視点を持ち、自然の一瞬を切り取るのが特徴です。
また、従来の俳句の枠にとらわれず、映画理論を取り入れた連作俳句を試みるなど、革新的な表現を追い求めた人物です。
この句は、沈みゆく太陽が赤く輝きながら、次第に濃い闇へと溶けこんでいく様子を表現しています。
晩夏は夏の終わりを意味する季語であり、夏の名残を惜しむ情感が込められています。
単なる夕焼けの美しさではなく、時間の流れと季節の移り変わりを鋭くとらえた一句です。
跳躍台 人なしプール 真青なり水原秋桜子
プールは夏遊びの大定番!
学校でも授業がありますよね。
この俳句では、飛び込み台にはまだ人がおらず、プールの水面に波がない。
カラフルで賑やかなイメージのある夏の中の、一瞬の静けさを表した印象に残る一句です。
真青という言葉から、プールの水の透き通った青と夏の美しい青空の両方が連想できるのも素晴らしいと思います。
プールは楽しい時間というイメージだったので、こういった角度からの見方もあるんだなと新鮮でした。
朝顔の 紺の彼方の 月日かな石田波郷
石田波郷は、昭和を代表する俳人の1人で、人間探求派として知られています。
この句の中にある「紺の彼方」とは、朝顔の色の向こう側という意味ではなく、朝顔の深い青色を眺めていると、その奥に広がる空や過ぎ去った時間が思い浮かぶ、そんな気持ちを表しています。
「月日かな」は時間の流れに対する思いを込めた言葉であり、朝顔を見つめながら「自分もこんな風に時間の中で生きているんだな」と感じる瞬間を表したものです。
戦争の影響を受けた当時、波郷は朝顔の紺色に触発され、過去の思い出と未来への期待を重ね合わせたのかもしれませんね。
時代を考慮することで、また違った味わい方ができますね。
青屋夏生 の検索結果(61〜70)
五月雨や 大河を前に 家二軒
与謝蕪村は江戸時代中期に活躍した俳人、文人画家で、松尾芭蕉に強いあこがれと尊敬の念を抱き、奥の細道を実際にたどるために東北地方や関東地方を旅したという話があります。
この句の意味は五月の長雨が降り続いて、川が勢いを増して大きくなった川が激しく流れている。
その川のほとりには小さな家が二軒、寄り添って立っている、という内容です。
強まる自然の猛威の前には、たとえ家であっても心細く、なすすべがない存在であることを印象付けるのではないでしょうか。
松尾芭蕉の有名な句にも五月雨を季語としたものがありますので、見比べてみるといった楽しさもありますね。
八月や 夜の雲池に うつりけり久保田万太郎
久保田万太郎は東京の浅草の生まれで、下町暮らしをわかりやすく、はっきりとした言葉を使い詠む俳句が多いそうです。
明治後期から昭和にかけて活躍した俳人の一人でもあります。
俳句から印象深くしみじみとした味わいも感じてきますよ。
久保田万太郎みずから、自分の俳句のことを「家常生活に根ざした叙情的な即興詩」とも言っていたそうです。
8月の俳句は、秋の気配を感じて詠まれることもあります。
「八月や 夜の雲池に うつりけり」も、夏から秋の移り変わりを感じて詠んだのかもしれませんね。
真夏の風南佳孝

子どもの時から音楽にあこがれ、昭和20年代生まれながら中学生の時にはもうバンドを組んでいたという早熟のアーティスト、南佳孝のアップテンポなナンバー。
ラテンサウンドに深く傾倒した彼の情熱が伝わってくるので、やはり夏に歌いたくなりますね。
透夏熱ナツノセ

過ぎゆく夏と秋の気配が入り混じる、どこか切ない季節に聴きたくなるのが、作曲家ナツノセさんが手がけた1曲です。
この楽曲は、夏の熱が次第に透明になっていくような寂しさと、消えずに残る思い出を歌っています。
泣き喚くセミの声が遠のいていく情景や、ふとした瞬間に感じる喪失感が、歌い手Sumiさんの清涼感ある歌声で繊細に表現されていて、胸に染みますよね。
本作は2023年8月にリリースされ、Sumiさんが「歌コレ2022春Top100」で9位に入賞したことをきっかけに、クリエイターのマッチング企画から制作されました。
夏の終わりの散歩やドライブのお供にぴったり。
過ぎ去った日々を懐かしむ気持ちに、そっと寄りそってくれるナンバーです。
残花、夏を見ていた。resipa

散りゆく花のように過ぎ去った時間への思いを描いた、切なくも美しい楽曲です。
resipaさんによる作品で2024年6月に公開されました。
ピアノとギターを基調としたメロウなサウンドに夏の情景が思い浮かぶSEを重ね、静寂と郷愁を表現。
そして夢と現実が交錯する詩的な世界観から、大切な人との時間を慈しむ気持ちや喪失感が伝わってくるんです。
静かな夜に1人で聴きたくなる1曲です。
凩や 海に夕日を 吹き落す夏目漱石
夏目漱石は、明治時代の文豪で作家や評論家や英文学者など多くの分野で活躍してきました。
文学がお好きな高齢者の方なら「月がきれいですね」の逸話もご存じなのではないでしょうか?
また、夏目漱石は俳句も多く作っていますよ。
「凩や 海に夕日を 吹き落す」からは、風の吹く強さや一瞬で沈んでしまう冬の夕日など、景色を入れ込んでいます。
俳句の意味は、すごい勢いで吹いているこがらしは、夕日さえも海に突き落としているという意味です。
冬の夕日はこがらしが強く吹いたために沈んだと、この時期の夕日の沈み方の様子が伝わりますね。
花鳥風月SEKAI NO OWARI

2011年に発売されたシングルの1曲です。
MVの雰囲気や歌詞からも夏をイメージする曲になっています。
自身の成長とともに気づかなくなった自然の変化や過ぎてしまう時間に儚さも感じられる曲になっていて、夏が終わって秋も感じる曲です。
てのひらを かへさばすすむ 踊かな阿波野青畝
夏といえば盆踊り。
旧暦、新暦、どちらの時期にでもマッチするのだから味わい深い行事ですよね。
しずしずと進む踊りの輪、ぱっとてのひらが返ったところから踊りが華やぎだす。
浴衣を着ている小さな子供たちの姿まで目に浮かびます。
足の運び、てのひらの返しにまで視線がいく、クローズアップもまさに俳句の楽しさです。
この句の作者、阿波野青畝さんはその共通のイニシャルから、山口誓子さん、高野素十さん、水原秋桜子さんらとともに「ホトトギスの四S」といわれた存在。
高浜虚子さんに師事しました。
夏ざかり ほの字組Toshi & Naoko

当時のスーパーアイドル田原俊彦とバラエティでも大活躍の歌手、研ナオコのでデュエット曲です。
1985年の作品で当時放送されていた大人気バラエティ番組「カックラキン大放送」で共演していた二人による企画作品ですが、作詞阿久悠、作曲筒美京平というすごいコンビの曲です。
Because土屋昌巳(一風堂)

「すみれ September Love」などのヒット曲で知られる一風堂のボーカル兼ギターの土屋昌巳は静岡県富士市出身です。
一風堂が解散した後はBLANKEYJET CITYやGLAYなどをプロデュースしたり、楽曲提供をしたり、自らもソロ活動するなど精力的に活動しています。

