AI レビュー検索
昭和レトロ の検索結果(161〜170)
昭和の給食に給食の定番だったお肉といえば何でしょうか?
クジラはかつて庶民の食べ物でした。
海に囲まれた日本ではクジラは食肉として利用されてきたのです。
そのため昭和30年から40年代にかけて、学校給食でもクジラを使ったメニュが―提供されていました。
特に、クジラの竜田揚げは多くの学校で出されていたようです。
栄養価が高いクジラの肉は、栄養不足を補う大切な食糧でした。
ポカリスエット
水分補給に欠かせないものというイメージが強いポカリスエット、その効果に助けられたという人も多いかと思います。
そんなポカリスエットが登場したのは1980年ということで、昭和から長く愛され続けている飲み物ですよね。
「飲む点滴」というコンセプトで作られ、失われた水分だけでなく、同時に失われたイオンまでも補給が可能という、すぐれた効果を持っています。
他の企業からもさまざまなスポーツドリンクが発売されていますが、歩んできた歴史の分、より安心感がある飲料ではないでしょうか。
ホットパンツ

股下が極端に短いショートパンツのことで、1970年代初めに世界的に大流行、日本では1971年の夏に若い女性の間でホットパンツをはくことが流行のファッションとなりました。
ホットパンツの「ホット」の由来は、1971年のパリ・コレで発表された際にファッション誌が「男性の視線が熱く(ホット)なった」という説がありますが真偽のほどはいかに。
1960年代後半はミニスカートが大流行していたので、ホットパンツも若い女性たちを中心に流行すべくして流行したのでしょうね。
昭和33年頃から当時の子供たちが熱狂していたヒーローの名前は?
昭和33年から34年まで、テレビ放送され人気となりお茶の間を沸かせて話題となった月光仮面。
当時は、放映時間になると夕方の銭湯から子供がいなくなると言われるぐらい人気があったようです。
時代劇と探偵劇を組み合わせた内容でそのヒットから後に漫画、そして映画化とブームは続きました。
日産 フェアレディZ
日本を代表するスポーツカーとして知られる日産「フェアレディZ」は、1969年に初代モデルが登場しました。
海外市場を意識して作られ、ヨーロッパのGTカーに匹敵する性能と「貴婦人」のような美しいスタイルを持ちながら安価なこの車は特に北米市場で大ヒット、日本のスポーツカーを世界に広めることとなりました。
日本では「Z “ゼット”」の愛称で呼ばれますが、海外では「Z-Car ”ズィーカー”」と呼ばれるそうですね。
ハンコください!!

昭和のおもしろいチョコレート菓子といえばこちら。
1980年にカネボウフーズから販売された「ハンコください!!」。
商品名の通り、ハンコの形をしたチョコレート菓子なのです。
チョコレート部分には名前が彫ってあり、なんとその種類は108個!
自分の名字を探しながら食べていた人も多いのではないでしょうか?
電卓と時計とハンコを持っていればもう大人、というCMも印象的でしたね。
イチゴチョコレートの「お返事ください」という姉妹商品も販売されていました。
ブラウン管テレビの写りが悪くなった時の応急処置は?
電化製品をたたくという行為、今では精密機械をたたくだなんて……と思ってしまいますが昭和のブラウン管テレビは接触不良で写りが悪くなることが多く、テレビの上や側面をたたくことで元に戻る、ということがありましたよね。
聖徳太子 一万円券
「C一万円券」聖徳太子一万円券をご紹介します。
百円券や千円券、五千円券に描かれてきた聖徳太子ですが、さらに一万円券にも描かれていました。
発行は昭和33年にあたる1958年の12月1日から始まり、昭和61にあたる1986年の1月4日に支払停止されたようです。
さまざまな金額の券に描かれているため、お札といえば「聖徳太子」のイメージがついている方も多くいるのではないでしょうか。
懐かしさを感じる方や自宅に保管している方もいそうですね。
聖徳太子 千円券
「B千円券」といわれている聖徳太子千円券をご紹介します。
百円券としても描かれていた聖徳太子ですが、千円券としても活躍していました。
発行は昭和25年にあたる1950年の1月7日であり、昭和40年にあたる1965年の1月4日に支払停止されました。
紙幣の表面には聖徳太子が描かれており、裏面には法隆寺夢殿を描いています。
聖徳太子は他にも紙幣のデザインとして取り上げられることが多く、日本の歴史でいかに偉大か改めて感じさせられますよね。
赤いきつねと緑のたぬき
マルちゃんのブランドから発売されている赤いきつねと緑のたぬきは、東洋水産の代表、和風のカップめんの代表として長く愛されていますよね。
そんな赤いきつねの登場は1978年、緑のたぬきの登場は1980年と、どちらも昭和に登場したカップめんですよね。
カップめんのうどんという部分が特に画期的だったと語られていて、歴史を開いた勢いこそが、その後も長く愛される理由なのかもしれませんよね。
元祖といえるのはうどんの方ではありますが、そばも同様に愛されている点から、味のクオリティもしっかりと感じられますよ。
昭和レトロ の検索結果(171〜180)
V.I.Pチョコレート

生クリーム入りの高級チョコレート菓子として人気を博した「V.I.Pチョコレート」。
ドレスに身を包んだ工藤静香さんが登場するCMも印象的でしたね。
価格は200円ほどで、子供のおやつにしては高い印象です。
しかし現在ではめずらしくない生クリーム入りのチョコレートって当時はほとんどなく、こちらはとても画期的な商品だったんですね。
板チョコといえばV.I.Pチョコレート!
という昭和世代の方も多いはず。
復刻してほしい商品の一つですよね。
未来少年コナン
宮崎駿監督による1978年のアニメーション作品『未来少年コナン』を紹介します。
主人公コナンは、超能力を持つ少年で、美しい少女ラナと一緒に人間と機械の争いに立ち向かう未来の地球を舞台にした冒険物語です。
舞台化されたこの作品は、アニメの魅力をそのままに、演技や音楽、映像技術を駆使して、物語の感動をリアルに再現しています。
コナンの勇気や友情、冒険のエッセンスが詰まった舞台は、ファンはもちろん、物語を知らない人にもきっと心に響きますよ。
ぜひ、アニメと舞台の両方を体験してみてくださいね!
進化したルーズソックス

平成のはじめごろに女子高生の間で大流行した「ルーズソックス」。
足元にくしゅっとたるませてはく長い白い靴下です。
制服とあわせるのがおしゃれで、多くの学生が取り入れていましたよ。
いったんは見かけなくなったものの、令和になってからふたたび注目され、ファッションアイテムとして人気が復活!
イベントや日常のコーデに楽しく取り入れています。
昔ながらのボリュームたっぷりタイプから、ちょっと短めのアレンジまで、いろんなスタイルがあり、自分らしいおしゃれを楽しめる、懐かしさと新しさをあわせもつ不思議なアイテムです。
ルービックキューブ

現在でも人気を誇るルービックキューブは、ハンガリーで誕生したそうですよ。
1980年代に日本で一大ブームを巻き起こしました。
色の面をそろえて頭が鍛えられるパズルとしても人気です。
さらに、世界大会までおこなわれていますよ。
ちなみに世界大会では、両手でそろえる以外にも面白部門があるそうです。
片手や足や目隠しでそろえるなどがあります。
色をそろえるというシンプルなルールですが、完成させるまでの手順が4千京以上あるそうです。
すべてのパターンを極めるには、長い時間が必要ですね。
リーバイス501

ジーンズは炭鉱労働者の作業着からはじまり、アメリカンカルチャーを象徴するファッションとして、世界に広まっていきました。
そんなジーンズの文化を語る上で重要なものとされるのが、リーバイスの501です。
501はロットナンバーで、商品名にはじめてロットナンバーが付けられたものという点でも注目、究極のアイテムとして語り継がれるようになりました。
象徴として長く愛されるものというところで、ヴィンテージのジーンズとして注目される機会も多く、自由を表現するファッションとして日本でも流行していました。
経年変化を受け入れるジーンズを育てるという文化など、独特な愛された方をされているファッションですよね。
キャンレディー

ポップなハート柄の箱を開けると、中から出てくるのはハートの形をしたかわいいキャンディー。
グリコが1980年代に販売していたお菓子のひとつで、かわいすぎるビジュアルがおんなの子のハートを鷲掴みにしていましたね。
また、一つひとつが個包装になっていたのも魅力のひとつでよね。
黄色やピンク、水色の箱はキャンディーを食べ終わったあとも、小物入れとして活用していた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
見た目も中身もかわいいグリコのキャンレディー、懐かしいあの味をまた味わいたいものですね!
彩紋模様 五円券
五円玉ではない!
彩紋模様五円券をご紹介します。
現在では中心に穴のあいた五円玉が使用されていますが、五円券として活用されていた時代もありましたね。
発行は昭和21年にあたる1946年の3月5日からで、昭和30年にあたる1955年の4月1日に支払停止されています。
彩紋模様とは「さいもんもよう」と読み、お札のデザインに使用される独特の幾何学模様を指すようです。
サイズは縦68ミリメートル、横132ミリメートルと、ふたつの一円券とも異なるサイズ感ですね。
マツダ ファミリア

「ファミリア」は1963年から2003年まで販売していたマツダの小型乗用車で、長年マツダの主力車種の座を担っていました。
1980年に発売された5代目は特に若い人たちから熱狂的な支持を受け、「赤いファミリア」でルーフキャリアにサーフボードを載せるスタイルが「陸サーファー」という流行語を生むなど、一世を風靡しましたね。
売れに売れたこの車は、発売から2年3カ月で100万台を達成、王者「カローラ」の販売台数を上回る月もあったそうです。
街頭テレビ

現在テレビは32インチ以下のものなら数万円で購入できますが、テレビが販売された当初はどうだったのでしょうか?
テレビ本放送が開始された1953年の、テレビ受像機の価格は約24万円だったそうです。
大卒者の初任給が約1万円の当時、非常に高価でした。
そのため日本テレビの社長が、首都圏の駅や公園に街頭テレビを設置を進めたそうですよ。
プロレスは街頭テレビの人気番組の1つだったそうで、プロレス中継をした新橋駅前の街頭テレビの前には1万人の人が集まったこともありました。
高齢者の方との会話も街頭テレビの話題にすると、盛り上がるかもしれませんよ。
トップボーイ
1984年に発売された昭和後期〜80年代を象徴する男性向けシャンプーのライオン「トップボーイ」。
爽やかなミントの香りで、洗い上がりのスッとした清涼感が特徴で、当時の男子に人気のシャンプーでした。
パッケージには、西海岸を思わせる明るくポップな鈴木英人さんのイラストがデザイン、80年代の空気感が満載です。
鈴木英人さんといえば、山下達郎さんの1982年リリース『FOR YOU』のアルバムジャケットでもおなじみですね。

