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与謝蕪村 の検索結果(1〜10)
寒月や 門なき寺の 天高し与謝蕪村
与謝蕪村は、江戸時代に活躍した俳人です。
与謝蕪村と松尾芭蕉と小林一茶の三人は、江戸時代で特に名高い俳諧人だそうですよ。
俳句がお好きな高齢者の方なら、与謝蕪村のことをご存じの方もいらっしゃるかもしれませんね。
「寒月や 門なき寺の 天高し」は、絵師でもある与謝蕪村の、絵画のような写生のようにも感じられる一句です。
意味は、寒い夜に、小さな門もない寺の澄み切って高い空の上では、さえわたって月が輝くということです。
月と表現すると秋の穏やかな雰囲気を感じるかと思います。
寒月とすことで冷たい夜空にさえたひかりを放つ月の様子がでますね。
季語をじょうずに使って、季節を感じながら高齢者の方と俳句を作る参考にしてみてください。
五月雨や 大河を前に 家二軒与謝蕪村
与謝蕪村は江戸時代中期に活躍した俳人、文人画家で、松尾芭蕉に強いあこがれと尊敬の念を抱き、奥の細道を実際にたどるために東北地方や関東地方を旅したという話があります。
この句の意味は五月の長雨が降り続いて、勢いを増して大きくなった川が激しく流れている。
その川のほとりには小さな家が二軒、寄り添って立っている、という内容です。
強まる自然の猛威の前には、たとえ家であっても心細く、なすすべがない存在であることを印象付けるのではないでしょうか。
松尾芭蕉の有名な句にも五月雨を季語としたものがありますので、見比べてみるといった楽しさもありますね。
菜の花や 月は東に 日は西に与謝蕪村
江戸時代の俳句の三大巨匠のひとりである与謝蕪村。
俳人でありながら、画家でもあった蕪村の俳句はその情景が絵画の様に浮かび上がってくると評されています。
この句の舞台は現在の神戸市にある六甲山地の摩耶山。
当時の神戸市では菜種油の生産が盛んであり、菜の花畑が一面に広がっていたそうです。
蕪村が摩耶山に山登りをして夕暮れを迎えた時、ふと見降ろした眼下に見える菜の花畑に魅了され、この句を詠んだと言われています。
夕日に照らされた一面の菜の花畑と、夕日の反対にうっすら見える月。
その地に居なかった私たち読者にも、その情景を想像させてくれる句です。
五月雨や 名もなき川の おそろしき与謝蕪村
与謝蕪村は江戸時代中期の俳人、文人画家として活躍しました。
この句を現代語に訳すると「梅雨の大雨の中、地図に名前もないような小さな川が、恐ろしいほどの水量で流れている」といった内容です。
普段は穏やかな川も、大雨の影響で増水し、水害などの不安を与える恐ろしい存在になっていることを表しています。
ちっぽけな存在と侮っていたものが、自分たちの存在を脅かすほどに膨れ上がる自然の力の恐ろしさや、そこにいる人間の小ささ、無力さを改めて感じさせる句ですね。
暮まだき 星の輝く 枯野かな与謝蕪村
江戸時代中期の俳人である与謝蕪村は大阪に生まれ、江戸に出たのち、最終的には京都に定住しました。
絵画を描く人としても知られており、そのためか景色の描写がとても美しい絵画的な俳句を詠まれるのかもしれません。
暮れまだきとは、暮れるにはまだ少し間のある時分のことを指します。
暮れゆく空に少しずつ星が現れ始め、その下には枯野が広がっているという情景は美しく、枯野と星の対比や、そのころの空気感まで感じられる俳句ですよね。
斧入れて 香におどろくや 冬木立与謝蕪村
1716年に生まれた与謝蕪村の詠んだ句がこちら。
冬というといろいろなものが眠っていると思われがちですが、斧を入れるととても良い木の香りがたって、生命の力に驚いたり、春に向けての準備や息吹なども感じられる句です。
モノトーンの冬木立に斧を入れるととてもカラフルな香りが中に閉じ込められていたという、この対比もとてもすばらしく、短い句の中にさまざまなエッセンスが含まれているところにハッとしますよね。
ぜひほかの句もみてみてください。
誰にもかれにも、同じ時間が流れていると思うのはまちがいだ川端康成

日本人初のノーベル文学賞受賞者である川端康成は、日本の伝統美や感情の動きを描いた作家です。
彼の言葉が示すのは時間や感覚が人それぞれ異なることを理解し、他者を尊重することの大切さです。
彼の作品には、登場人物が異なる価値観や時間の流れを体験する様子が細やかに描かれています。
他者との違いを受け入れることで、新たな視点を得るきっかけになることを教えてくれるメッセージです。
この言葉は多様性を理解し、共感を深めるヒントとして現代人の心にも響くでしょう。

