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岩崎宏美 の検索結果(1〜10)
未完の肖像岩崎宏美

1984年(昭和59年)5月21日発売。
作詞、阿久悠、作曲、筒美京平のコンビによるデビュー10周年記念シングル。
10年間を振り返った感じの歌詞に、デビュー当時を思わせるアップテンポの曲調。
「聖母たちのララバイ」の大ヒットでバラードのイメージがすっかり定着していただけに良い意味で吹っ切れた感じもしますが、最高54位で1.4万枚。
未来岩崎宏美

1976年(昭和51年)5月1日発売。
5作目。
オリコン最高は2位、セールスは31.4万枚。
だんだんとサビをきかせるだけの印象が強くなっていきますね。
当時は「2年目のジンクス」と言われ大ヒットの次の年はヒットに恵まれないという説がありましたが、そんなジンクスをじわじわと感じさせます。
センチメンタル岩崎宏美

前作「ロマンス」の大ヒットの勢いの中リリースされた3作目。
オリコンで1位を獲得、セールスは57.3万枚。
歌詞といいメロディといい二番煎じという感じで、年末に向けてリリースされたにもかかわらず賞レースではほとんど「ロマンス」を歌唱。
次の年、春の高校野球の入場行進曲には選ばれましたが。
ちなみに1975年(昭和50年)のレコード大賞最優秀新人賞は細川たかし「心のこり」、紅白では他にキャンディーズ(「年下の男の子」)などが初出場しました。
摩天楼岩崎宏美

1980年(昭和55年)10月5日発売。
都会的な雰囲気のおしゃれな曲をおとなっぽく歌いこなしている。
耳障りのよい曲ですが、オリコン最高は22位、セールスは8.2万枚。
たいしたヒット曲はなかったものの、6回目の紅白はこの曲で出場しました。
曲というより、この年に実妹の良美さんが歌手デビューし、姉妹での出場というのが話題になっていました。
この年は山口百恵の引退、松田聖子のデビューという、歌謡界全体としてもっと大きな節目であったのですが。
未成年岩崎宏美
1988年(昭和63年)12月16日発売。
恋愛をテーマに数々の名曲を輩出してきた彼女が、今回は家族愛というか人類愛とでもいうような壮大なテーマで、しかも肩の力を抜いたようなしっとりとしたバラード。
昭和63年に結婚し、平成元年以降、5年までにリリースした曲は益田宏美名義となっています。
離婚後、現在は岩崎宏美として活動されていますが。
年末の紅白でも益田宏美としてこの曲を披露。
現時点ではこの時が最後の紅白出場です。
最近の紅白は過去の大物が毎年出場していますが、なぜか岩崎さんは毎年選考されないですね。
最高83位、セールスは 0.4万枚。
好きにならずにいられない岩崎宏美

1986年(昭和61年)2月5日発売。
80年代の中盤はドラマやCMのタイアップが不可欠になっていく中、ライオンのシャンプーのCMに起用されたのがこの曲。
サビのインパクトが強烈なのでなんとなく耳に残りますが、逆に言うとサビだけということでしょうか。
最高57位、1.1万枚。
年末の紅白でも歌唱。
デビュー以降12回連続出場となりすっかりベテランの域。
二重唱(デュエット)岩崎宏美

1975年(昭和50年)4月25日発売。
彼女のデビュー当時のキャッチフレーズは「天まで響け」でした。
サビからはじまりディスコ調のまま最後までいくアップテンポの曲であり、キャッチフレーズのイメージにもマッチしていました。
オリコン最高は19位でセールスは14.0万枚。
デビュー曲としては上出来でしょう。

