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【高齢者向け】鎌倉大仏の雑学クイズ&豆知識問題。人に話したくなる問題をご紹介

日本を代表する仏像として、多くの人々に親しまれている鎌倉大仏。

修学旅行や観光で訪れたことがある方も多いのではないでしょうか。

実は、鎌倉大仏には知られざる興味深い事実がたくさん隠されています。

螺髪の数や大仏の重さ、胎内の様子など、訪れたことがある方でも意外と知らないトリビアが満載です。

クイズ形式で楽しみながら学べば、鎌倉大仏の新たな魅力に出会えるはず。

懐かしい記憶を辿りながら、あるいは次に訪れる際の楽しみとして、ぜひ挑戦してみてくださいね。

【高齢者向け】鎌倉大仏の雑学クイズ&豆知識問題。人に話したくなる問題をご紹介(1〜10)

鎌倉大仏の眉間にある、白い毛のかたまりを表現したものを何と言うでしょうか?

鎌倉大仏の眉間にある、白い毛のかたまりを表現したものを何と言うでしょうか?
  1. 白毫
  2. 螺髪
  3. 宝冠
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白毫

鎌倉大仏の眉間に付けられている白い毛のかたまりは、「白毫、びゃくごう」と呼ばれます。白毫は仏像に共通する特徴の一つで、釈迦が持つ三十二相のひとつにも数えられます。この部分は、仏の知恵や慈悲の象徴で、実際には白い巻き毛が渦を巻いていると伝えられています。仏像鑑賞の際に注目してみると、より深く仏様のありがたみや歴史を感じられますね。

鎌倉大仏の背後には何枚の連弁が並べられているでしょうか?

鎌倉大仏の背後には何枚の連弁が並べられているでしょうか?
  1. 4枚
  2. 16枚
  3. 32枚
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4枚

鎌倉大仏の背中には、蓮の花びらをかたどった「連弁」と呼ばれる飾り板が4枚並べられています。連弁とは蓮の花弁を形にしたもので、台座の装飾に用いられます。当初は32枚の連弁が鋳造される予定でしたが、完成したのは現在でも残る4枚のみでした。

鎌倉大仏は何で作られているでしょうか?

鎌倉大仏は何で作られているでしょうか?
  1. 青銅
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青銅

鎌倉大仏の素材は青銅でできています。最初は木造だったと言われていますが、現在残っている大仏は青銅製です。高さは約11.3メートルあり、長い歴史の中で何度も修復が施されましたが、そのほとんどが青銅部分です。青銅は錆びにくく、丈夫な性質を持っているため、今でもその美しい姿を保っています。

【高齢者向け】鎌倉大仏の雑学クイズ&豆知識問題。人に話したくなる問題をご紹介(11〜20)

鎌倉大仏の口元の特徴は、海外ではどのように表現されているでしょうか?

鎌倉大仏の口元の特徴は、海外ではどのように表現されているでしょうか?
  1. 西洋的微笑
  2. 東洋的微笑
  3. 神秘的微笑
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東洋的微笑

鎌倉大仏の口元は、やわらかく穏やかな微笑みが特徴です。この表情は海外の方から「東洋的微笑」と呼ばれることが多く、穏やかで落ち着いた雰囲気を感じさせるとされています。西洋の微笑とは異なり、感情を表に出しすぎず、内面の平和や静けさを象徴していると評価されています。こうした表情は、日本独特の美意識や仏像文化を伝える大きな魅力です。

鎌倉大仏のお顔の大きさはどのくらいでしょうか?

鎌倉大仏のお顔の大きさはどのくらいでしょうか?
  1. 1.35メートル
  2. 2.35メートル
  3. 3.35メートル
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2.35メートル

正解は2.35メートルです。鎌倉大仏のお顔は非常に大きく、一般的な成人男性の身長よりもずっと高いのが特徴で、お顔だけでこの大きさがあります。間近で見るとその迫力や細かい表情の美しさにも驚かされるでしょう。

鎌倉大仏を詠んだ歌「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな」は誰が詠んだものでしょうか?

鎌倉大仏を詠んだ歌「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな」は誰が詠んだものでしょうか?
  1. 与謝野晶子
  2. 石川啄木
  3. 正岡子規
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与謝野晶子

この短歌を詠んだのは与謝野晶子です。与謝野晶子は情熱的な作風で知られる歌人で、近代短歌の発展に大きく貢献しました。この歌は、鎌倉大仏を美男と称賛し、夏の木立の中で仏像を見上げる情景をみずみずしく表現しています。

高徳院の境内一体が「鎌倉大仏殿跡」として国の史跡に制定されたのはいつのことでしょうか?

高徳院の境内一体が「鎌倉大仏殿跡」として国の史跡に制定されたのはいつのことでしょうか?
  1. 1984年2月27日
  2. 1994年2月27日
  3. 2004年2月27日
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2004年2月27日

高徳院の境内一体が「鎌倉大仏殿跡」として国の史跡に指定されたのは、2004年2月27日のことです。これは、日本の歴史や文化における「鎌倉大仏」の価値が高く認められているためです。大仏殿そのものは1498年の大地震で失われてしまいましたが、その跡地を含めて国が史跡として保護・保存しています。