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挑戦しよう!小学生向けの4択歴史クイズ。歴史の授業をおさらい

歴史の授業で習ったはずなのに、いざ聞かれるとパッと答えが出てこない!

そんな経験はありませんか?

この記事では、小学生の方が楽しみながら学べる歴史クイズを4択形式で出題します。

縄文時代から近代まで、幅広い時代をカバーしているので、授業の復習にもぴったりです。

友達や保護者の方と一緒に挑戦するのにもオススメ!

答えられなかったときの悔しい気持ちが、歴史をより深く学ぶことにつながり、歴史をもっと好きになるきっかけにもつながっていきます。

ぜひ気軽にチャレンジしてみてくださいね!

挑戦しよう!小学生向けの4択歴史クイズ。歴史の授業をおさらい(21〜30)

『枕草子』を書いたのは誰?

『枕草子』を書いたのは誰?
  1. 紀貫之
  2. 兼好法師
  3. 清少納言
  4. 紫式部
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清少納言

清少納言は平安時代の中頃に活躍した女性で、一条天皇の皇后である定子に仕えていた人物です。『枕草子』は日本で最も古い随筆と言われており、四季の自然の美しさや、宮廷での生活の様子、心ひかれるものなどが、彼女の鋭い感性で書かれています。

江戸時代に治安の維持をしたり、幕府に反発する人を取り締まったりしていた組織は?

江戸時代に治安の維持をしたり、幕府に反発する人を取り締まったりしていた組織は?
  1. 官軍
  2. 薩摩藩
  3. 白虎隊
  4. 新撰組
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新撰組

新撰組は、江戸時代の終わりに京都を中心として治安を守るために活動した組織です。誠の文字が入った旗や、浅葱色のだんだら模様の羽織がトレードマークとして知られています。近藤勇局長や土方歳三副長などのリーダーのもと、厳しいルールを作り、幕府を倒そうとする動きを厳しく取り締まりました。最後まで幕府への忠義を尽くした姿が印象的な、現在でも多くの物語で描かれている組織ですね。

江戸時代に大老の井伊直弼が暗殺された事件は何の変?

江戸時代に大老の井伊直弼が暗殺された事件は何の変?
  1. 菊田門外の変
  2. 葵田門外の変
  3. 桜田門外の変
  4. 梅田門外の変
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桜田門外の変

江戸城の桜田門の外で、水戸藩や薩摩藩の浪士たちが、幕府の大老だった井伊直弼を待ち伏せして襲撃しましたという事件です。井伊直弼は、朝廷の許可を得ずに日米修好通商条約を結んで国を開いたり、それに反対する人々を厳しく処罰した安政の大獄を行ったりしたため、強い反感を買っていたことからこの事件に発展したとも言われています。この事件によって幕府の権威は大きく揺らぎ、明治維新へと向かう時代の流れが決定的になりました。

終戦後に日本を統治するためにおかれた組織の通称名は?

終戦後に日本を統治するためにおかれた組織の通称名は?
  1. DHC
  2. GHQ
  3. CEO
  4. GHP
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GHQ

GHQは連合国軍最高司令官総司令部、1945年に戦争が終わった後、日本を占領し、統治するために置かれた組織です。トップを務めたマッカーサーの指示のもと、日本が二度と戦争を起こさない民主的な国になるように、新しい憲法を作ったり、農地改革を行ったりするなど、社会の仕組みを大きく変えるさまざまな改革を実行しました。

豊臣秀吉がおこなった武器を没収する政策は何?

豊臣秀吉がおこなった武器を没収する政策は何?
  1. 刀狩り
  2. 武器狩り
  3. 刀取り
  4. 武器奪取
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刀狩り

豊臣秀吉は天下統一を進める中で、農民から刀や弓などの武器を取り上げる命令を出しました。この政策によって農民が一揆を起こすのを防ぎ、農業に専念させる兵農分離を進めることが大きな目的でした。没収した武器は京都の大仏殿を造るための釘やかすがいに再利用すると説明し、これからは平和な世の中にするためだと人々には伝えられていました。

第二次世界大戦時に日本と同盟を結んだのはドイツともう一つはどこ?

第二次世界大戦時に日本と同盟を結んだのはドイツともう一つはどこ?
  1. イタリア
  2. イギリス
  3. インド
  4. インドネシア
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イタリア

日本とドイツ、そしてイタリアの3つの国は1940年に「日独伊三国同盟」という約束を結びました。これは、もしほかの国から攻撃されたら、3つの国でお互いに助け合って戦おうという内容の同盟です。この3つの国は「枢軸国」と呼ばれ、第二次世界大戦を協力して戦っていました。

織田信長は豊臣秀吉のことを何と呼んでいた?

織田信長は豊臣秀吉のことを何と呼んでいた?
  1. イヌ
  2. ネコ
  3. サル
  4. キジ
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サル

織田信長が豊臣秀吉を「サル」と呼んでいたという話はとても有名ですね。また信長が秀吉の奥さんに送った手紙の中では、秀吉のことを「はげねずみ」と書いていることも分かっています。見た目や動きが似ていたからあだ名をつけたと言われていますが、それだけ信長にとって秀吉は親しみやすく、頼りになる家来だったのかもしれません。