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岩崎宏美 の検索結果(21〜30)
想い出の樹の下で岩崎宏美

1977年(昭和52年)1月25日発売。
デビュー3年目の第1弾、8作目。
相変わらずの青春、恋愛モノ。
インパクトが薄い感じがします。
このころには既に1位を獲得する勢いはなく、オリコン最高は7位、セールスは23.3万枚。
シンデレラ・ハネムーン岩崎宏美

1978年(昭和53年)7月25日発売。
「思秋期」のヒットによりようやく持ち直したようでしたが、昭和53年前半の2作はぱっとせず、「二十才前」(2月発売、最高10位、17.9万枚)、「あざやかな場面」(5月発売、最高14位、11.5万枚)により、ランキングのTOP10から転落、セールスもデビュー曲を下回るまでに。
こんな感じで勢いがなくなったところに発売されたのが「シンデレラ・ハネムーン」。
原点にかえってか、ひさびさに筒美京平の作曲。
セールスはふるわなかったものの(最高13位、14.6万枚)、底力を見せつけ、年末の紅白でも歌唱。
皮肉なことにこの年からTBS系列で「ザ・ベストテン」がはじまり、日本の歌謡界はランキング重視の時代が到来しますが、彼女がベストテンにランクインするのは1979年(昭和54年)です。
銀河伝説岩崎宏美

1980年(昭和55年)8月5日発売。
19枚目の「スローな愛がいいわ」、20枚目の「女優」など、様々なタイプの楽曲へのチャレンジが続き、21枚目は映画版宇宙戦艦ヤマトの挿入曲「銀河伝説」。
人類愛というのか壮大なテーマを歌いこなせるのは歌唱力のなせる業。
オリコン最高18位で、セールスは10.8万枚と大きなヒットではないものの、前年に続きレコード大賞の金賞受賞。
橋岩崎宏美

1984年(昭和59年)8月21日発売。
「聖母たちのララバイ」「家路」に続く火曜サスペンス劇場のエンディング。
最高31位で3.8万枚、もはや火曜サスペンス劇場の力をもってしてもこの程度。
しかし1年間、同じ番組で流れ続ける曲としては一時的にチャートの上位にランクされる曲より、飽きのこないなじみやすい曲の方がよいのかもしれません。
春おぼろ岩崎宏美

1979年(昭和54年)2月5日発売。
15枚目のシングル「さよならの晩歌」(最高13位、11.9万枚)のあと、新しい年、昭和54年の第1弾としてリリースされた「春おぼろ」。
Jポップというよりは和風の歌謡曲。
作詞が山上路夫に変わりました。
前年から始まった「ザ・ベストテン」にもようやくランクイン。
といっても1週だけでしたが。
オリコン最高15位、セールスは15.4万枚。
思秋期岩崎宏美

1977年(昭和52年)9月5日発売。
11作目。
「ロマンス」「聖母たちのララバイ」に次ぐ彼女の代表曲であり、秋の名曲でもあります。
本格的なバラードでようやく新境地を開拓した感じがします。
レコード大賞でも歌唱賞を受賞し、アーティストとして地位を築いていく上でも試金石となりました。
オリコン最高は6位、セールスは40.4万枚。
すみれ色の涙岩崎宏美

1981年(昭和56年)6月5日発売。
昭和56年の23作目「胸さわぎ」、24作目「恋待草」のあと、25作目のシングルがヒット。
オリコン最高6位、セールスは31.7万枚。
「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」の曲をカバーしたものですが、オリジナルを超えて名曲として記憶に残されています。
レコード大賞の最優秀歌唱賞受賞。

