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昭和歌謡~J-POP史に残る有名な作詞家をピックアップ!

長く愛され続けている日本のポピュラー音楽史を彩った名曲を思い出すとき、メロディとともに呼び覚まされるのが聴き手の心に残る素晴らしい歌詞です。

力強く背中を押してくれたり、誰にも言えない悩みを言葉にしてくれたり……どれほどメロディが素晴らしくても、この歌詞で歌われているからこそのヒット曲というのは多いですよね。

今回はそんな素晴らしい歌詞を世に送り出した著名な作詞家たちに注目!

代表作とともにご紹介します。

昭和歌謡~J-POP史に残る有名な作詞家をピックアップ!(11〜20)

CAN YOU CELEBRATE?小室哲哉

CAN YOU CELEBRATE? – 安室奈美恵(フル)
CAN YOU CELEBRATE?小室哲哉

小室哲哉さんの名前を目にして、最初に思い浮かべるのは音楽プロデューサーとしての姿という方は多いのではないでしょうか。

説明するまでなく1990年代において多くのミリオンヒットを飛ばして「小室ブーム」を巻き起こし、自身が手掛けるグループやアーティストを総称して「小室ファミリー」と呼んだほどの影響力を誇った小室哲哉さんですが、今回の記事は「作詞家」がテーマですから、本稿では作詞家としての小室哲哉さんに焦点を当てて書き進めていきましょう。

1970年代に10代の若さでプロのミュージシャンとしてキャリアをスタートさせた小室さんは1983年にTM NETWORKを結成、シンセサイザー奏者として作曲と編曲を主に担当していましたが、デビュー曲『金曜日のライオン』の時点で作詞も務めているのですよね。

TM NETWORKの楽曲といえば作詞家の小室みつ子さんが有名ですから、小室哲哉さんのそれなりの割合で作詞を手掛けていたというのは知らない方であれば驚かれるかもしれません。

1990年代以降は音楽プロデューサーとして作詞と作曲全てを手掛け、trfやglobeといった人気グループはもちろん、篠原涼子さんや華原朋美さん、さらには浜田雅功さんと組んだH Jungle with tでミリオンヒットを飛ばすなど快進撃を続けます。

そんな小室さんの90年代のヒット曲における歌詞を読んでいくと、当時を生きる若者たち……とくに女性たちの揺れ動く感情をストレートに描くのではなく、どこか曖昧にも聞こえるような言葉選びで巧みに表現していたように感じます。

ぜひ、作詞家としての小室哲哉さんにも注目してみてくださいね。

恋のフーガなかにし礼

2020年の12月、惜しくもこの世を去ったなかにし礼さんは昭和歌謡界において伝説的な作詞家であり、小説家としても『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞するなどなかにしさんの「言葉」は多くの日本人の心に残り続けています。

昭和の大スターである石原裕次郎さんとの出会いがきっかけで作詞家としてのキャリアをスタートさせたというなかにしさんは、1965年に発表した海外のポピュラー音楽『I Really Don’t Want to Know』に日本語詞をつけて菅原洋一さんが歌った『知りたくないの』がヒットを記録、ザ・ピーナッツの楽曲『恋のフーガ』がレコード大賞作詞賞を受賞するなど快進撃を続けて1969年には手掛けた作品の総売り上げが1,000万枚を突破するなど、売れっ子作詞家としての地位を固めます。

ほぼ同時代にヒットメーカーとして活躍した阿久裕さんとはお互いに意識する関係であったそうで、阿久さんが亡くなった時は阿久さんに対するなかにしさんの率直な思いを語っていますね。

そんななかにしさんの歌詞はもともとシャンソンの訳詞を手掛けていたこともあって、洗練された文学的な世界観が特徴的です。

たとえば『タッチ』で有名な岩崎良美さんがアイドル時代にリリースしたデビュー曲はずばり『赤と黒』という曲名ですし、ランス文学科出身のなかにしさんならではのセンスと言えそうですよね。

多彩な才能を持ちながらもプライベートでは長きに渡って闘病生活を続け、波乱万丈の人生を歩んだなかにしさんのことを詳しく知りたいという方は、ぜひ自伝的小説『兄弟』も手に取ってみてください!

川の流れのように秋元康

1980年代から2020年代の現在にいたるまで、第一線で活躍する邦楽シーンを代表する作詞家といえば秋元康さんでしょう。

1980年代中盤以降にアイドルシーンを席巻するおニャン子クラブの全楽曲の作詞を手掛け、2000年代においてはAKB48グループや坂道シリーズの仕掛人として活躍するなどアイドルとの仕事が有名な秋元さんですが、美空ひばりさんの名曲中の名曲『川の流れのように』といったように、純然たる歌謡曲の作詞家としての才能が明確に感じ取れる作品など幅広い分野で素晴らしい仕事を世に残しているのですね。

そんな秋元さんは放送作家としてある程度安定したキャリアを歩んでいたのですが、将来のキャリアに不安を感じていたそうで、1980年代の初頭に作詞家としてアニメソングからアーティストへの作品提供をスタートさせます。

同時に、人気テレビ番組『ザ・ベストテン』や『オールナイトフジ』に『夕やけニャンニャン』といった番組の構成を担当して放送作家としても順調にキャリアを積んでいくのですからすごいですよね。

とんでるずのブレーンとしても注目され、彼らが歌う『雨の西麻布』や『情けねえ』に『一番偉い人へ』といった多くのヒット曲も含めた楽曲群の作詞も手掛けていますね。

2000年代以降のAKB48グループの快進撃は説明するまでもないでしょう。

2013年には阿久裕さんを抜いてシングルの総売上で作詞家として1位となり、秋元さんが手掛けた作品の中で100曲以上がチャート1位を獲得しています。

J-POP史における現在進行形のレジェンドであることは間違いないのですし、AKB48以降の秋元さんしか知らない方は、ベーシストにして作曲家の後藤次利さんと組んだ80年代から90年代のヒット曲にもぜひ注目してもらいたいですね!

港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ阿木燿子

1969年に作詞家としてのキャリアをスタートした、阿木燿子さん。

彼女は1971年に同じく作曲家の宇崎竜童さんと結婚されました。

彼がリーダーを務めていたダウン・タウン・ブギウギ・バンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』の作詞を担当し、その深い歌詞が大ヒットにつながりました!

また、中森明菜さんの『DESIRE -情熱-』などに代表されるように男女関係のかけ引きの表現力、これも阿木さんの書く歌詞の魅力だと言えますね!

少女A売野雅勇

シャネルズの楽曲『星くずのダンス・ホール』で、1981年に作詞家としてデビューした売野雅勇さん、翌年の1982年には中森明菜さんの『少女A』が大きくヒットしました。

作曲家の芹澤廣明さんとのコンビも注目のポイントで、『少女A』からはじまり、その後はチェッカーズをコンビで担当、数々のヒット曲を生み出しました。

「催眠」を「わな」、「反射つ」を「はなつ」と読ませるなど、特殊なルビが振られた歌詞も売野雅勇さんの持ち味で、曲のムードをより強調しています。

アイドルからタレント、ロックミュージシャンまで、幅広いアーティストに歌詞を提供する、歴史に名を刻む作詞家です。

木綿のハンカチーフ松本隆

木綿のハンカチーフ (歌詞入り ) 歌 太田裕美
木綿のハンカチーフ松本隆

戦前生まれで70年代の昭和歌謡で黄金期を築いたのが阿久裕さんであれば、戦後生まれで70年代後半以降に歌謡曲やアイドルの楽曲に変革をもたらしたのは間違いなく松本隆さんでしょう。

1949年生まれの松本さんは若い頃から文学や漫画に映画といったサブカルチャーに親しんでいたそうなのですが、いくつかのバンド活動を経て、日本語ロックのオリジネイターの1つである「はっぴいえんど」のドラマー兼作詞家として本格的に音楽業界でデビューを果たします。

私小説風の「ですます調」を用いた松本さんの歌詞は当時議論を巻き起こした面もありましたが、松本さん自身はそのような論争に興味はなかったようですね。

はっぴいえんどの解散後、オリジナル・ムーンライダーズの結成やプロデューサーとして精力的に活動していた松本さんの職業作詞家としてのデビューとなった作品が1973年リリースのチューリップの人気曲『夏色のおもいで』であり、この曲を高く評価したのが後に松本さんと黄金コンビを築くこととなる大作曲家、筒美京平さん。

もともと松本さんは歌謡曲に対して懐疑的な一面があったそうなのですが、筒美さんと出会い、1975年の大ヒット曲『木綿のハンカチーフ』の仕事を経て作詞家としての仕事に情熱を注ぐようになったのですね。

1980年代以降ははっぴいえんど時代の盟友たちをメジャーな歌謡曲の世界へと迎え入れて、冒頭で述べたように日本の歌謡曲に変革をもたらしました。

2000年代に入ってもアニメ作品『マクロスF』の挿入歌『星間飛行』をヒットさせるなど、若い世代にも衰えぬ才能をアピール。

そして2020年代の現在、海外で注目されているシティポップの名曲の数々にも松本隆さんと筒美京平さんのコンビによる作品は多く含まれているのです。

残酷な天使のテーゼ及川眠子

「残酷な天使のテーゼ」MUSIC VIDEO(HDver.)/Zankoku na Tenshi no Te-ze“The Cruel Angel’s Thesis”
残酷な天使のテーゼ及川眠子

エッセイストやコラムニストとしても活躍する及川眠子さん、Winkの『淋しい熱帯魚』、高橋洋子さんの『残酷な天使のテーゼ』などが代表的な楽曲ですね。

Winkをはじめとしたアイドルへの歌詞の提供も多く、どこかクールな印象の世界観が特徴ではないでしょうか。

難解な歌詞というオファーを受けて、哲学的な歌詞にしたと語られる『残酷な天使のテーゼ』のような世界観も持ち味のひとつで、アーティストのことを深く知りたくなるようなミステリアスさを演出しています。

アニメソングの作詞家としても活躍していたりと、持ち味をいかしつつ幅広いジャンルで活躍する作詞家です。

三百六十五歩のマーチ星野哲郎

水前寺清子「三百六十五歩のマーチ」(オフィシャルオーディオ)
三百六十五歩のマーチ星野哲郎

水前寺清子さんの『三百六十五歩のマーチ』などの明るい曲から、小林旭さんの『昔の名前で出ています』などの切ない曲まで幅広い作詞を手がけた星野哲郎さん。

彼は「出だしの2行だけで歌詞が決まる」という理念をもっていて、どの曲も最初のフレーズだけで引き込まれるようなものが多いんですよ!

また、森山愛子さんの『アンコ椿は恋の花』のように「あ」などの感嘆詞を効果的に使った歌詞もトリッキー。

聴いていると、そのセンスに脱帽してしまいます。

LOVEマシーンつんく♂

モーニング娘。 『LOVEマシーン』 (MV)
LOVEマシーンつんく♂

1992年にポップロックバンド、シャ乱Qでメジャーデビューをしたつんく♂ さん。

彼は1994年にリリースされた『シングルベッド』や、翌年リリースされた『ズルい女』など男女関係を切なく、時に怪しくつづった歌詞が最大の武器。

また、1999年には自身がプロデュースしたモーニング娘の『LOVEマシーン』の作詞と作曲の両方を担当。

新しい時代の波に乗りたい若者の共感を得て、同曲を大ヒットへと導きました。

悲しい酒石本美由紀

悲しい酒 (セリフ入り) (1982年録音)
悲しい酒石本美由紀

昭和の歌謡曲シーンで代表的な作詞家の一人、石本美由起さん。

彼は幼少期に病弱で、家でゲーテなどの詩をよく読んでいたというエピーソードがあります。

そんな彼のレトリックなバックグラウンドが存分に活かされたのが1966年にリリースされた、美空ひばりさんの『悲しい酒』です。

この曲は女性視点の悲恋の歌であり、お酒を飲んで忘れたい相手の男性が、どうしても脳裏に浮かんできてしまうという心情を、たくみな言葉で表現しているんですよ!