昭和歌謡~J-POP史に残る有名な作詞家をピックアップ!
長く愛され続けている日本のポピュラー音楽史を彩った名曲を思い出すとき、メロディとともに呼び覚まされるのが聴き手の心に残る素晴らしい歌詞です。
力強く背中を押してくれたり、誰にも言えない悩みを言葉にしてくれたり……どれほどメロディが素晴らしくても、この歌詞で歌われているからこそのヒット曲というのは多いですよね。
今回はそんな素晴らしい歌詞を世に送り出した著名な作詞家たちに注目!
代表作とともにご紹介します。
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昭和歌謡~J-POP史に残る有名な作詞家をピックアップ!(11〜20)
愛の讃歌岩谷時子

日本の音楽界で言葉の魔法を紡ぎ続けた岩谷時子さん。
シャンソンの訳詞から歌謡曲まで、ジャンルを越えて数々の名作を手がけました。
越路吹雪さんが歌う『愛の讃歌』の訳詞をはじめ、加山雄三さんの『君といつまでも』やザ・ピーナッツの『ウナ・セラ・ディ東京』など、時代を彩るヒット曲ばかりです。
1964年と1966年に日本レコード大賞作詩賞を受賞した事実は、その圧倒的な功績を物語っていますね。
言葉の響きや品格を大切にし、歌い手の魅力を最大限に引き出す手腕は見事の一言でしょう。
美しい日本語の情緒に浸りたい方や、心に響く大人の音楽を探している方に、ぜひ触れていただきたい作詞家です。
サクラ咲ケ相田毅

音楽制作の現場での経験を活かし、数々のアイドルソングや歌謡曲を手掛けてきた相田毅さん。
ソニー・ミュージック勤務を経て作詞家に転身し、1992年に発売されたSMAPの『負けるなBaby! 〜Never give up』など、グループの初期を支える名曲を数多く手がけています。
2012年に発売された堀内孝雄さんのシングル『笑うは薬』では、第45回日本作詞大賞に入賞するなど演歌の分野でも高い評価を受けているんですよ!
歌い手の個性に寄り添い、メロディへの言葉の乗り方を重視した職人的なスタイルが、ジャンルを問わず心に響きます。
リズムに乗った心地よい歌詞を楽しみたい方や、言葉の職人が紡ぐ多彩な世界観に触れてみたい方にオススメです。
二枚目気取り麻こよみ

福島県郡山市出身で、演歌や歌謡曲の分野において長きにわたり活躍を続けている麻こよみさん。
1980年代より数多くの歌手に作品を提供し、日本の音楽シーンを支えてきた言葉の職人です。
代表作には、長山洋子さんの『蒼月』や、香西かおりさんへの提供曲などがあり、名曲の数々は世代をこえて愛されています。
1994年には『蒼月』で第27回日本作詩大賞の大賞を受賞するなど、その描写力と構成力は高く評価されてきました。
具体的な情景の中に切ない心情を織り込む作風は、聴く人が自分の思い出と重ね合わせてしまうようなリアリティにあふれています。
悲しい恋や故郷への思いに浸りたいとき、麻こよみさんの紡ぐ言葉が優しく寄り添ってくれるはずです。
三百六十五歩のマーチ星野哲郎

水前寺清子さんの『三百六十五歩のマーチ』などの明るい曲から、小林旭さんの『昔の名前で出ています』などの切ない曲まで幅広い作詞を手がけた星野哲郎さん。
彼は「出だしの2行だけで歌詞が決まる」という理念をもっていて、どの曲も最初のフレーズだけで引き込まれるようなものが多いんですよ!
また、森山愛子さんの『アンコ椿は恋の花』のように「あ」などの感嘆詞を効果的に使った歌詞もトリッキー。
聴いていると、そのセンスに脱帽してしまいます。
LOVEマシーンつんく♂

1992年にポップロックバンド、シャ乱Qでメジャーデビューをしたつんく♂ さん。
彼は1994年にリリースされた『シングルベッド』や、翌年リリースされた『ズルい女』など男女関係を切なく、時に怪しくつづった歌詞が最大の武器。
また、1999年には自身がプロデュースしたモーニング娘の『LOVEマシーン』の作詞と作曲の両方を担当。
新しい時代の波に乗りたい若者の共感を得て、同曲を大ヒットへと導きました。
悲しい酒石本美由紀

昭和の歌謡曲シーンで代表的な作詞家の一人、石本美由起さん。
彼は幼少期に病弱で、家でゲーテなどの詩をよく読んでいたというエピーソードがあります。
そんな彼のレトリックなバックグラウンドが存分に活かされたのが1966年にリリースされた、美空ひばりさんの『悲しい酒』です。
この曲は女性視点の悲恋の歌であり、お酒を飲んで忘れたい相手の男性が、どうしても脳裏に浮かんできてしまうという心情を、たくみな言葉で表現しているんですよ!
昭和歌謡~J-POP史に残る有名な作詞家をピックアップ!(21〜30)
時の流れに身をまかせ荒木とよひさ

日本作詩大賞や日本レコード大賞作詞賞など多くの栄誉ある賞を受賞、輝かしいキャリアを誇る荒木とよひささん。
2005年には長きに渡るキャリアと功績をたたえて、紫綬褒章を受章しています。
そんな荒木さんの作詞家としてのスタートは、スキー部員だったころに事故で2年半の長期療養を強いられる中で書かれた楽曲『四季の歌』がきっかけというのが興味深いですよね。
ご本人にとっては曲が「一人歩きした」という感覚だそうなのですが、荒木さんが作詞と作曲を務めた『四季の歌』は口伝えで広まって評判を得て、1972年にレコード化を果たすという異例ともいえる経緯がありますから、荒木さんの感想もさもありなんといったところでしょう。
20代はバンド活動も並行して続けていた荒木さんは30代より職業作詞家として本腰を入れたキャリアを歩み、森昌子さんが歌った『哀しみ本線日本海』で日本作詞大賞優秀作品賞を受賞。
堀内孝雄さんのセルフカバーによる『恋唄綴り』は日本レコード大賞と日本有線大賞のダブル受賞を成し遂げるなど、荒川さんは言葉の達人として素晴らしい日本語でつづった数えきれないほどの作品を世に送り出して邦楽の歴史に多大なる貢献を果たしたのですね。
演歌や昭和歌謡はもちろん、CMソングや企業のイメージソング、社歌に校歌など実に幅広い分野で荒木さんの作品に出会えますから、あなたのお気に入りの1曲が荒木さんの作詞という可能性は十二分に考えられますよ!


