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余韻 の検索結果(81〜90)
RAINBOW井上苑子
自分は自分と言う、若いときの独自の葛藤が、30代からしたら、とても懐かしい感じと、どこかで羨ましい感じを備えている歌詞です。
自分を見失ったわけではないけど、自分をみつめる機会って減ったなと思いました。
仲風節

琉球民謡の古典曲のひとつで、琉歌の八・八・八・六文字の形式に対し、五・七・八・六、または五・五・八・六文字の形式をもつ唄を中歌と呼びます。
琉歌の形式と和歌の形式の折衷だから仲歌と呼ぶ説もあるそうです。
昔から本土と交流があり、いろいろな文化がまじりあって琉球民謡が作られていたことがうかがえる1曲です。
部首の歌(へん/形と名前に注意するもの)

すべての部首のなかでも、もっとも種類が多いとされている「へん」をテーマにした歌。
こちらは数ある「へん」の部首のなかでも、特別な名前がついているものを集めた楽曲です。
「しめすへん」や「ころもへん」など、部首の形だけではイメージしづらいものも分かりやすく説明しています。
簡単なものから難しいものまで歌われているので、現在の学習状況に合わせて覚えてくださいね。
人や動物の動きから物の状況まで、さまざまな成り立ちから制作されているのもポイント。
部首の名前を歌うとともに、ジェスチャーやクイズで楽しく覚えてみてくださいね。
折りし皮 ひとりで開く 柏餅
5月5日は端午の節句ですよね。
端午の節句には、かしわ餅を食べる習慣があり、江戸時代中期の頃から食べるようになったそうです。
かしわ餅に使われている柏木の葉は、新芽が出るまで古い葉は落ちません。
このことから、新芽が子供で古い葉を親に見立てて、子孫繁栄といった縁起物として食べられるようになった由来があります。
山口誓子の「折りし皮 ひとりで開く 柏餅」からは、かしわ餅を食べた後に折っていた柏の葉がひとりでに開く様子が詠まれていますよ。
俳句から、5月のちょっとした日常の様子が伺えますね。
元旦に 気分新たに 書初めを
一年の始まりである1月1日の朝を表す元旦。
元旦は冬の季語であり、清々しい朝や新春の厳かなイメージが伝わってきますね。
また、お正月の定番としておこなわれる書き初めは、字の上達を願って、新しい一年への抱負や目標を書く日本の伝統文化です。
元旦という節目に新たな気持ちで書き初めをすることで、新しい年への期待や喜びをしたためられますね。
冬の季語「元旦」を使った、新年を前向きな気持ちで迎えようとする強い気持ちが伝わる一句です。
余韻 の検索結果(91〜100)
俵はごろごろ野口雨情

古き良き歌謡のメロディーラインを彷彿とさせる優しいわらべ歌です。
「どっさりこ」「ざっくりこ」「にっかりこ」など、小気味が良い韻の踏み方が親しみやすさを感じさせます。
擬態語と擬声語の使い方が絶妙な曲です。
五月雨や 大河を前に 家二軒
与謝蕪村は江戸時代中期に活躍した俳人、文人画家で、松尾芭蕉に強いあこがれと尊敬の念を抱き、奥の細道を実際にたどるために東北地方や関東地方を旅したという話があります。
この句の意味は五月の長雨が降り続いて、川が勢いを増して大きくなった川が激しく流れている。
その川のほとりには小さな家が二軒、寄り添って立っている、という内容です。
強まる自然の猛威の前には、たとえ家であっても心細く、なすすべがない存在であることを印象付けるのではないでしょうか。
松尾芭蕉の有名な句にも五月雨を季語としたものがありますので、見比べてみるといった楽しさもありますね。
おはようと 起きた夢見て 寝坊した
夢の中でちゃんと起きたつもりなのに、現実ではしっかり寝坊していたというあるあるを、ストレートな言葉で切り取っているのが魅力です。
最初の「おはようと」がとても効いてて、夢の中で目覚めてあいさつまでしている様子が、短いながらもしっかり浮かびます。
そこから「寝坊した」で一気に現実に引き戻される、このギャップがそのままオチになっています。
難しい言い回しを使っていないのに、夢と現実が入れ替わるドタバタ感が伝わってくる、親しみやすい一句。
読んだ人も「あるある!」と笑いながら共感できる、軽快なユーモアが心地いい作品です。
balloon泉まくら

「さみしくて 流されやすくて そしてちょっぴりエッチで ラップをしちゃう普通の女の子」をキャッチーコピーに活動する福岡県在住のヒップホップMC・泉まくらさんの楽曲。
2012年に発表されたデビューアルバム『卒業と、それまでのうとうと』に収録されている楽曲で、ポエトリーリーディングとメロディーの境目が分からなくなるほど自然に流れていく独特の浮遊感がクセになるナンバーです。
目の前の現実と心の中の影とのギャップで身動きが取れなくなっている描写は、多くの方が共感するのではないでしょうか。
誰もが持っている焦燥感を揺さぶる、思わず聴き入ってしまう楽曲です。
ぶつぶつと 大なるたにしの 不平かな夏目漱石
明治時代の有名な作家、夏目漱石が詠んだ一句です。
句に出てくる春の季語は、「たにし」という、田んぼや池にいる丸い巻き貝のことです。
漱石は、水の中でたにしがプクプクと泡を出している様子を見て、「まるでぼやいているみたいだなぁ」と感じました。
「ぶつぶつと」は、その泡がいっぱい出ている様子を表す言葉です。
そして「不平かな」は、「何か言いたいことでもあるのかな?」とたにしをやさしく見ている気持ちを表しています。
小さな自然の動きから人の気持ちを想像して楽しむ、ユーモラスでやさしい一句です。
ハレトケ井上苑子

この曲も、学生が共感できるだろうなと思える曲です。
歌詞には、文化祭や放課後というワードが入っているので。
文化祭というワードがあったので、秋に聴きたい1曲です。
ハレトケという言葉にも、インパクトがあるなと思いました。
流氷や 宗谷の門波 荒れやまず山口誓子
幼少期を樺太で過ごした山口誓子が、幼少期を思い出しながら詠んだ句です。
こちらの句の季語は「流氷」、海に浮かんで漂流している氷のことで、一見冬の季語のように思われるかもしれませんね。
しかし、流氷が流れてやってくるのは凍った海水が少しずつ溶け出す、春。
つまり寒い地域の春の訪れを表しているのです。
そして「宗谷」とは北海道の北にある宗谷海峡のこと。
宗谷海峡に立つ波の激しさと、漂う流氷。
春の気配が近づいてはいるけれど、まだまだ寒さが厳しい2月。
厳寒の厳しさと収まる気配のない荒波を見事に表現しています。
梅が香に のつと日の出る 山路哉松尾芭蕉
松尾芭蕉が詠んだ春の一句です。
「梅が香に」は、梅の花のやさしい香りがふわっとただよう様子を表します。
まだ少しだけ肌寒い早朝、山の道(を歩いていると、その梅の香りが心地よく感じられます。
そんな中で、ふと視線を上げると、まるで梅の香りに誘われたかのように太陽が“のつと”と顔を出しました。
「のつと」という言葉は、何かが急に、しかし静かに現れる感じをやさしく伝えています。
春の朝の静かな喜びを感じられますよね。
梅の香りとともに昇る朝日を見て、芭蕉の心にも温かい春の気配がふわっと広がっていった、そんな情景が思い浮かびます。
mine井上苑子

まだデビューしたての彼女は、カバー曲も多いです。
こちらは、世界的に有名なアーティスト、テラースイフトのカバー曲です。
英語歌詞なので、とてもかっこいいです。
本家のテラースイフトと比べて聴いてみるのも、カバー曲の醍醐味です。
ミジュマルの わざがきまって にじゅうまる
この句は音の近さが楽しいポイントです。
名前の響きをそのまま「二重丸」イコール「満点」につなげることで、技がきれいに決まった様子を、やわらかくユーモラスに表現しています。
真ん中の「わざがきまって」という一行が入ることで、前後の言葉遊びに意味の筋道が通り、情景が浮かぶ構成になっています。
難しいことは言っていないのに、「うまくいって良かったね」と思わずほほ笑んでしまう、優しい温度感が伝わってきます。
言葉のリズムも素直で読みやすく、子供が口にしても楽しめる、軽快な一句です。

