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昭和好き の検索結果(51〜60)
昭和35年家庭用のTVに革命が起きました。TVの画面はどうなったのでしょうか?
昭和35年に家庭用TVに起こった革命的な出来事、それは、カラー放送のスタート!
昭和28年2月1日にNHKの放送が始まり、同年8月28日に民放局の放送が開始されました。
その後、リモコン式テレビの販売開始やブラウン管の小型化を経て、昭和35年にようやくカラーでの放送が始まったのです。
当時のカラーテレビの価格は、大卒初任給の数十倍。
庶民にはなかなか手の届かない代物でしたが、技術の進歩とともに手に入りやすい価格へと変化していきました。
昔のテレビの写真や当時の番組の映像を見れば、若かりし頃の思い出がよみがえってくるかもしれませんね。
恋の山手線小林旭

マイトガイとして日活で渡り鳥シリーズの映画や歌手としてもムード歌謡から何でもこなす小林旭ですが、意外とコミックソングも多く存在します。
「自動車ショーの歌」もなかなかおもしろいですが、車が古すぎマニアでないとわからない歌詞もあるので、この曲をどうぞ。
1964年にリリースされた山手線の駅を歌詞の中でうまくパロディ化しています。
時は過ぎても駅名は変わってませんので、今でもわかりますね。
道志賀勝

言葉は荒いながら、古き良き時代の日本の道徳が盛り込まれたこの曲は、父親に威厳があった昭和の時代にあった、男の美学が描かれています。
愛すべき頑固親父の厳しさと、ただの労害の文句の違いもわからなくなった現代社会へ捧げたい一曲です。
昭和42年に日本で始めて「動く歩道」が設置されたのはどこでしょうか?
今も梅田にある動く歩道「ムービングウォーク」は昭和42年、1967年に設置されました。
設置された理由として、駅設備移転にともなう他鉄道との乗り換え不便解消だそうです。
その3年後に大阪万博が開催されて有名な存在に。
今現在でも日本で一番大きな動く歩道として知られています。
昭和枯れすゝきさくらと一郎

昭和を象徴する名曲として知られるこの作品。
さくらと一郎さんの心に残るハーモニーが、厳しい時代を懸命に生きた人々の胸に寄り添います。
1974年7月21日にポリドールレコードからリリースされ、150万枚を売り上げる大ヒットとなりました。
TBSドラマ『時間ですよ昭和元年』の挿入歌として使用されたことで人気に火が付き、1975年のオリコン年間ヒットチャートで1位を記録。
貧しさや世間の冷たさに負けず、ともに苦難を乗り越えようとする二人の姿を描いた歌詞は、多くの人々の共感を呼びました。
愛と別れの情緒を紡ぐ本作は、昭和の思い出に浸りたい方にピッタリです。
昭和好き の検索結果(61〜70)
10月10日は銭湯の日です。銭湯の壁に描かれていることが多いものは何でしょうか?
10月10日は銭湯の日。
近年は、サウナや岩盤浴、食事処などがあるスーパー銭湯が増えていますが、実は昔ながらの銭湯も「昭和レトロ」として最近若者に人気なんですよね。
こちらは、そんな銭湯に関する問題です。
銭湯の壁に描かれていることが多いものは何でしょうか?
答えは「富士山」です。
なぜ富士山が描かれているかというと、縁起の良いからだそうですよ。
とは言ってもそれは関東近辺に多く、西日本ではそれほどでもないようですね。
ルビーの指輪寺尾聰

1981年にリリースされた昭和歌謡曲の金字塔ともいえる1曲。
大人気番組だった『ザ・ベストテン』では12週連続1位を獲得し、歌っている寺尾聡さん専用の記念のソファーまで作られました。
もう1つのベストテン番組『ザ・トップテン』でも通算12週の1位を獲得、その年の日本レコード大賞、全日本有線放送大賞他、賞という賞を総なめしました。
「彼女との思い出が詰まったルビーの指輪を外しても彼女のことを忘れられない」風の歌詞に都会の大人のかっこよさを感じたものでしたね。
宗右衛門町ブルース平和勝次とダークホース

昭和47年発売。
大阪の堺市の盛り場からじわじわと人気が上り200万を超えるヒットとなりました。
宗右衛門町もこの歌で全国区となったので、平和勝次さんは町内会から感謝状を贈られたそうです。
大阪の方が好むような歯切れの良い歌い方とアップテンポな曲は夜の街に受入られたのだと思います。
歌い方がなんとなく昔の森進一さんに似ているように聴こえます。
昭和30年頃に日本の都市部で流行した、みんなで合唱する喫茶店を何喫茶と呼んだのでしょうか?
いつの時代も人々の心に寄りそってきた歌は、その時によってさまざまな形で愛されています。
カラオケボックスが出現する以前に流行していた、昭和30年頃に日本の都市部を中心に広まったみんなで合唱する喫茶店は何と呼ばれていたでしょうか。
さまざまな楽器に合わせて、そこにいる人々が歌声を重ねる光景が伝わりやすい名前ですよ。
答えは「歌声喫茶」、人々が歌声を重ねることで連帯感が高まり、学生運動や労働運動にも大きな影響を与えたといわれています。
我が良き友よかまやつひろし

昭和50年発売。
ムッシューで有名なかまやつひろしさんは元グループサウンズのザ・スパイダースのメンバーでした。
後にソロとなり活躍されており、音楽のジャンルはさまざまなのですが、この曲は作詞も作曲も吉田拓郎さんです。
ちょっと字余りな詞の中に昔の友を懐かしむ歌の内容は、かまやつさんより前を生きた男性の心情が描かれています。
バンカラなどという言葉は今はきっと死後に近いのでしょうね。
どうにもとまらない山本リンダ

昭和の音楽シーンを彩った山本リンダさんの代表曲。
1972年6月にリリースされ、オリコンチャートで最高3位を記録しました。
恋に落ちた女性の抑えきれない感情を描いた歌詞と、ノリの良いメロディが絶妙にマッチしています。
田中角栄さんの「日本列島改造論」による経済状況を伝える新聞の見出しにこの曲名が使われるなど、流行語としても使われました。
恋の高揚感を味わいたい方や、青春時代を懐かしむ方にオススメの1曲です。
シルエットロマンス大橋純子

大人の雰囲気があふれるムーディーな楽曲が魅力のシンガー・大橋純子さん。
彼女の代表曲の一つでもある『シルエット・ロマンス』は、1981年にリリースされており、いくつものアーティストからカバーされています。
温かくも切ないジャジーなサウンドが胸を打つ楽曲です。
あらゆる感情をつつむ彼女の温かい歌唱にも癒やされますね。
女性目線で描かれる艶っぽいメッセージを受けとってみてください。
昭和を彩った美しいメロディーをじっくりと味わえますよ。
タッチ岩崎良美

あだち充の代表的な漫画、「タッチ」のアニメのオープニングテーマ曲として使用された岩崎良美の代表曲です。
野球の漫画だったこともあり、今もなお高校野球の応援歌としてブラスバンドなどで演奏されており、老若男女に愛されている曲です。
ハローキティ
平成から現在まで、世代を超えて愛され続けている「ハローキティ」。
1970年代に誕生したキティは、平成期には日常生活のあらゆる場面に浸透しました。
その愛らしいデザインは「平成レトロ」の象徴として、多くの人々の記憶に刻まれています。
ハローキティの魅力はまず、その“シンプルさ”。
小さなリボンと愛嬌ある表情という最小限の要素で構成されるデザインは、どの世代にも親しみやすく、また幅広いアレンジを可能に。
さらに時代のトレンドに合わせて、ハローキティは現在も進化を遂げているのが人気の秘密なんです。
逢いたくて逢いたくて園まり

昭和41年発売。
かなり古い白黒の時代の映像ですが、園まりさんはこの時代は世の男性型にかなり人気がありました。
独特の歌い方が色気を感じるのかもしれません。
あまり口を開けないで歌い、微妙なビブラードの高音が特徴で切ない恋心を歌った曲は大ヒットしました。

