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芥川也寸志 の検索結果(101〜110)
もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道となるのだ。魯迅(ろじん)

魯迅(1881年ー1936年)は小説家、思想家で、代表作に「阿Q正伝」、「狂人日記」などがあります。
日本の東北大学に留学していたこともあります。
もともと、人が歩く道は、いつも誰かが一番先につくったものなのだ、ということを忘れずに、ただ誰かがつくった道を歩むのではなく、その道なき場所を道にできるような人生を歩んでいきたいですね。
斧入れて 香におどろくや 冬木立与謝蕪村
1716年に生まれた与謝蕪村の詠んだ句がこちら。
冬というといろいろなものが眠っていると思われがちですが、斧を入れるととても良い木の香りがたって、生命の力に驚いたり、春に向けての準備や息吹なども感じられる句です。
モノトーンの冬木立に斧を入れるととてもカラフルな香りが中に閉じ込められていたという、この対比もとてもすばらしく、短い句の中にさまざまなエッセンスが含まれているところにハッとしますよね。
ぜひほかの句もみてみてください。
死なせない。貴方はまだ両腕で刀を振れる…!!
黒死牟との戦いの中で不死川実弥がピンチの時、それをかばうように行動する無一郎が放ったセリフです。
ただ実弥を守るというだけでなく、それまでの戦いで自分は重傷を負っているという点で、決死の覚悟で守りに行ったことが表現されています。
自分は戦力にはならないような状態でも、誰かをかばうことは可能だという、できることを全力でやるのだという思いが感じられます。
必死な表情で突き進む姿も、初登場とのギャップ、成長を感じるポイントですよね。
海に出て 木枯らし帰る ところなし山口誓子
この句は明治時代の俳人、山口誓子が詠んだ句です。
木枯らしとは秋から冬にかけて吹く強く乾いた風のことで、天気予報などで耳にしたことがある人が多いかもしれませんね。
木枯らしは一度海に出ていくと、行き場をなくして再び陸に帰ってくることはない、という意味です。
当時50歳くらいだった山口誓子は疎開のため、伊勢湾の近くに住んでいました。
のちに木枯らしを「特攻隊にたとえて」詠んだ句だと名言しています。
木枯らしも特攻隊も、出ていったきり帰ってはこないという嘆きも含んで詠まれた句です。
実写化や やめてとあれほど 言ったのに
実写化には反対派の方が多いのではないでしょうか。
たとえエンタメとして成立していても、誇張表現や過度な演出、キャラクターに対する解釈のズレが生じると、自分の好きな作品とは別物だと感じてしまいますよね。
原作の世界観やイメージを守りたいという強いリスペクトが、この川柳には詰まっているように思います。
実写化の全てが悪いというわけではありませんが、やはり作品によるというのが本音です。
映像化が難しい作品を人気だからと実写化するのは、少し考えものですね。
秋刀魚焼く 匂の底へ 日は落ちぬ加藤楸邨
水原秋桜子さんに師事したのですが花鳥諷詠の詠みだけに満足できず、その後人間の内面に深く根差した句境を求めるようになりました。
石田波郷さん、中村草多男さんらとともに「人間探求派」と呼ばれたことは有名です。
秋刀魚は昔ならば貧しい魚の象徴でもあったでしょうか、その秋刀魚を焼く匂いの中にもんもんとした思いが湧いては消えゆく。
1日は終わってしまうが、今日1日自分はどれだけの生を充実できたのだろうか。
いろんなことを考えさせられる1句です。
天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず福沢諭吉
慶應義塾を創設したりと、教育家として活躍した福澤諭吉、一万円紙幣の肖像画に起用されたことでも知られていますね。
そんな現在の教育にもつながっている偉大なる教育者が残した、平等についての考え方をしめした名言です。
人は生まれたときには平等ということにくわえ、そこからの環境や教育で差が生まれているのだということも伝えています。
差別や上下を感じる人ほど、それを解消する方法を探していくことが大切という、学問のきっかけにもなりそうな言葉ですね。
ねがえり忌野清志郎

2002年の清志郎のファンクラブ会員更新特典として貰ったCDの中に入っている曲です。
清志郎の曲としてはかなり異色の暗い曲調だと思っていたら、作曲は来生たかおさんでした。
やはり歌詞がとてもいいのですが、不思議な曲だと思っていました。
最近になってこれは子守唄なのではと勝手に思っています。
モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあだめなんだ。独りで静かで豊かで・・・井之頭五郎

『孤独のグルメ』からの名言です。
井之頭五郎がひとりで食を求めていくという作品を象徴するような言葉です。
ひとりで食事をすることが好きな人にとってはよく理解できる気持ちかと思います。
ひとりで食事をする自由と幸せを感じる名言です。
嬲り殺しにしてやる。地獄を見せてやる
十歳にして両親を亡くし、記憶さえも失った無一郎にとって、産屋敷耀哉ことお館様はまさに第二の父でした。
誰にも心を開けなかった彼に、静かに寄り添い、導き、存在そのものを肯定してくれたお館様。
そんなかけがえのない存在を奪われた時、無一郎の心に宿ったのは、深い哀しみと烈火のごとき怒り。
その感情が結晶となって放たれたのが、「嬲り殺しにしてやる。
地獄を見せてやる」という言葉です。
冷酷に響くこのセリフの裏にあるのは、大切な人を失った悲しみと、それでもなお戦い続ける決意。
霞柱の二つ名を持つ、時透無一郎の本当の強さと優しさが浮かび上がる魂の名言です。
芥川也寸志 の検索結果(111〜120)
自分が許せない自分には絶対ならない蜷川実花(写真家・映画監督)

「偉大な父や母を持つと大変だ」と長嶋一茂さんがあるテレビ番組で発言していました。
どんなに努力しても「七光り」だと心無いからかいがあるのは容易に推測できます。
そんな白けた戯言を振り払うかのよう蜷川実花さんの大活躍は胸のすく気持ちよさ。
ちなみに父はあの偉大な演劇家蜷川幸雄さん、母はキルト作家の真山知子さんです。
『さくらん』『人間失格太宰治と3人の女たち』の映画監督としての活躍、中川翔子さんとコラボした2冊の写真集もステキでした。
その瞬間ごとにエネルギーを爆発させながら活動しているかの蜷川さんならでの名言。
グッと心に刺さります!
稲の穂の 伏し重なりし 夕日哉正岡子規
正岡子規さんと一番仲の良かった文豪って誰だと思いますか?
答えは夏目漱石さん。
一時は一緒に暮らしていたというのですから驚きですよね。
いくら仲が良くても一緒に暮らすとなれば……、文豪たちの感覚は私たちの感覚と少し違っているのでしょうか。
秋も深み、稲穂がその頭を重たそうに揺らしている。
稲穂の重なった姿もますます実りの秋を予感させる、そんな趣ある夕暮れ。
故郷がある方は故郷の田んぼを思い出したことでしょう。
秋は人をセンチメンタルにさせますね。
陰暦八月 虹うち仰ぐ 晩稲守飯田蛇笏
子供の頃から多くの文学作品や俳句に触れられる環境で育った飯田蛇笏。
このことが後の、飯田蛇笏が詠む俳句の基礎となったそうですよ。
伝統的な自然を詠むものが多い飯田蛇笏の俳句は、松尾芭蕉以来の作風として絶賛されました。
また、学生時代以外は生涯を生まれ故郷の山梨で過ごしました。
そのため、自然が豊かな里山や田畑の様子を描写して詠んだものも多いそうですよ。
「陰暦八月 虹うち仰ぐ 晩稲守」からも、秋になり稲が実ってきた頃に、鳥獣に田を荒らされないように番をする様子と、番をする人の様子が伺えますね。
何だっけあの雲の形。何て言うんだっけ

鬼である禰󠄀豆子を連れた炭治郎の処遇を決める話し合いの場面で、無一郎の初登場とともに描かれている言葉です。
目の前で起こっていることとは無関係なことを考えているという表現で、無一郎が無関心で無気力な人物だということがこの言葉から伝わってきます。
まずはコミカルな表現で人物像をしっかりとアピール、重要人物をおぼえてもらおうという意図も感じさせますね。
すべてのことに興味がないというところが強調されるからこそ、ここからどのような活躍を見せるのかというキャラクターへの期待も高めていくようなセリフですね。
国会議員はなぜ給料を減らさないのか

政治と国民の生活のギャップを鋭く指摘している言葉です。
たとえば、物価が上がり、家計が苦しい中で税金や社会保険料の負担が増える一方、国会議員の給料や手当はあまり変わらず、議論や批判があっても簡単には減らされません。
この状況は、働く人や生活者の努力と苦労に比べ、政治家の負担感が乏しいことを象徴しています。
政治は国民の生活を守るためにあるべきで、まず自分たちの行動や報酬の公正さを示すことが信頼につながります。
この言葉は、政治家の責任と透明性、そして国民目線で制度や報酬を考えることの大切さを教えてくれるメッセージです。
去年今年 貫く棒の 如きもの高浜虚子
「去年今年」は「こぞことし」と読み、この俳句のおかげで俳句の世界ではすっかり有名な季語となりました。
でも、実際俳句を詠むときにはなかなか使えない言葉なのです。
「年が明けて新年になっても自分という意思は変わらぬままだ」という強い決意を詠んでいると解釈されることもあります。
この句の解釈は読者によっていろいろあることでしょう。
でも「本当の名句とはそのようなたくさんの解釈を許してくれる句のこと」という俳人もいます。
みなさんはこの俳句をどのように読みましたか?
人生に偶然はない。人のせい、運のせいにして逃げたりせず、少しずつでも力を蓄えていこう三浦知良
人生の中で直面する困難は偶然や運ではないということ、常に備えておくのが大切だということを伝える、三浦知良さんの言葉です。
誰もが困難に直面する運命を持っていることを自覚し、それに向けて力を蓄えておけば、どんな困難も乗りこえられるのだという思いが語られていますね。
運や誰かのせいにすることは、さらに先の力につながらないものなので、しっかりと受け止めて歩んでいくことが大切だというメッセージも表現されています。
どんな状況でも自分を持って、力強く進んでいこうという決意も見えてくる言葉ですよね。
赤穂浪士芥川也寸志

芥川也寸志さん作曲の『赤穂浪士』テーマソングです。
『赤穂浪士』は、1964年から1月5日から12月27日まで放送された2作目の大河ドラマ。
大河ドラマ第1作目を上回る豪華キャストを揃え、さらに討ち入りまでのストーリーがしっかりと描かれている点で非常に話題になりました。
浪士達の決意が伝わってくるようなオープニングテーマです。
頼む。このまま炭治郎のまま死んでくれ…!!
鬼滅の刃も終盤に向かった際の、冨岡義勇の言葉ですね。
鬼舞辻無惨に鬼にされてしまった炭治郎。
鬼舞辻無惨が認めた人物だけのこともあり、鬼の炭治郎は強い鬼になってしまいました。
炭治郎が隠しにも襲い掛かるところを、間一髪で冨岡義勇が救います。
もちろん、炭治郎であろうが鬼を倒すのが鬼殺隊の役目です。
鬼となった炭治郎と戦いながらも、冨岡義勇はきっと複雑な気持ちだったことでしょう。
完全に鬼にならずに「頼む。
このまま炭治郎のまま死んでくれ…!」と願うこの言葉の中には、冨岡義勇らしい優しさが詰まっていますね。
イヤシノウタ忌野清志郎

JUMPという曲のシングルCDに一緒に入っています。
発表当時テレビコマーシャルに使われていて清志郎も出演していました。
癒し系という言葉が頻繫に使われだした時期でもあり、非常にタイムリーな曲だったと思います。

