猗窩座の名言に込められた強さへの渇望。鬼の心に宿る武人の心
『鬼滅の刃』において、強大な力を持つ鬼のひとり、上弦の参・猗窩座。
その圧倒的な戦闘力とともに、彼が放った言葉の数々は、多くの人の心に深く刻まれています。
鬼らしい冷徹な面を持ちながら、人間だった頃の強い思いを抱き続ける複雑な人物像を映し出す名言の数々には、涙を浮かべてしまうものも……。
この記事では、猗窩座の心の機微が垣間見える言葉をご紹介します。
彼の生きざまが凝縮された言葉の世界に、きっとあなたも引き込まれることでしょう。
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猗窩座の名言に込められた強さへの渇望。鬼の心に宿る武人の心(1〜10)
杏寿郎死ぬな
「杏寿郎死ぬな」という名言は、「生身を削る思いで戦ったとしても全て無駄なんだよ、杏寿郎」と続きます。
強者との戦いを常に欲している猗窩座は無限列車で炎柱・煉獄杏寿郎と戦い、その強さから鬼になるよう誘いますが、煉獄杏寿郎は価値観の違いから断ります。
それでも煉獄杏寿郎を殺したくないほど気に入ってしまった猗窩座から発せられたこの言葉は、矛盾を感じさせながらも心を揺さぶりますよね。
人間と鬼との違いが描かれたシーンを彩る名言です。
今日行けなくても来年も再来年も花火は上がるからその時行けばいいですよ
かつて狛治という名の人間だった頃に、病弱な恋雪に向けたセリフ「今日行けなくても来年も再来年も花火は上がるからその時行けばいいですよ」。
鬼となった猗窩座のイメージとは違い、優しさにあふれていますよね。
鬼も元々は人間であり、それぞれにドラマがある作品ならではの名言なのではないでしょうか。
また、こうしたギャップがストーリーに奥行きや深みを持たせている理由なのかもしれませんね。
のちに鬼になってしまうからこそ切なさが強調されている名言です。
ごめんごめん守れなくてごめん。大事な時傍にいなくてごめん
@mi4e7 猗窩座の過去が1番悲しい #アニメ編集#編集#鬼滅の刃#猗窩座#猗窩座過去 @ののは @c @ココナ @徠夏 @楓
♬ オリジナル楽曲 – ⟡.·*. – ⟡.·*.
猗窩座が自分の過去を振り返り、その時の姿を取り戻そうとしている中、後悔を打ち明けるようにして放たれたセリフです。
人間のときの自分と鬼になった自分の間をさまよう中で現れた恋人がこの言葉のきっかけで、全ての後悔がこの瞬間にはき出されています。
自分が離れているときに大切な人を亡くしてしまったことや、守る拳を血で染めてしまったという後悔がこの謝罪で伝わりますよね。
鬼としての自分から解放される最後のきっかけになった、感情をありのままで見せるような言葉ですね。
そうだ俺が殺したかったのは
@kt__bk♬ オリジナル楽曲 – 水。No war – 水
猗窩座が炭治郎と義勇との戦いをとおして過去の自分と向き合い、そこで気付いた結論のようにして語られたセリフです。
なぜ鬼になったのか、なぜ強さを求めているのかというところが過去に由来していたものだというのが判明、本当に打ち勝つべきものは何かに気付くという流れですね。
これまでは戦い相手を「弱いもの」としていましたが、この過去の回想をとおして本当に弱かったのは「自分」だったのだと描かれていますね。
愛する人を守れなかった後悔、守るための力を血で染めてしまったという後悔など、過去の苦しみがこのセリフに込められています。
一番苦しいのは本人のはずなのに
人間だったころの猗窩座のエピソードの中でも、病気の父や恋人を見て感じたことを描いた言葉です。
病で苦しんでいる人を看病していると、いつも謝っているということから出てきたもので、いちばん苦しのは本人なので、謝らずに受け入れればいいのだというやさしさが表現されています。
これは強さを求めるということにもつながり、弱いものを守っていきたいという願いのきっかけでもありますね。
人を支えることを当たり前のことだと表現することで、本当にやさしい人なのだということが感じられるような言葉です。


