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猗窩座の名言に込められた強さへの渇望。鬼の心に宿る武人の心

『鬼滅の刃』において、強大な力を持つ鬼のひとり、上弦の参・猗窩座。

その圧倒的な戦闘力とともに、彼が放った言葉の数々は、多くの人の心に深く刻まれています。

鬼らしい冷徹な面を持ちながら、人間だった頃の強い思いを抱き続ける複雑な人物像を映し出す名言の数々には、涙を浮かべてしまうものも……。

この記事では、猗窩座の心の機微が垣間見える言葉をご紹介します。

彼の生きざまが凝縮された言葉の世界に、きっとあなたも引き込まれることでしょう。

猗窩座の名言に込められた強さへの渇望。鬼の心に宿る武人の心(11〜20)

今日行けなくても来年も再来年も花火は上がるからその時行けばいいですよ

今日行けなくても来年も再来年も花火は上がるからその時行けばいいですよ

かつて狛治という名の人間だった頃に、病弱な恋雪に向けたセリフ「今日行けなくても来年も再来年も花火は上がるからその時行けばいいですよ」。

鬼となった猗窩座のイメージとは違い、優しさにあふれていますよね。

鬼も元々は人間であり、それぞれにドラマがある作品ならではの名言なのではないでしょうか。

また、こうしたギャップがストーリーに奥行きや深みを持たせている理由なのかもしれませんね。

のちに鬼になってしまうからこそ切なさが強調されている名言です。

一番苦しいのは本人のはずなのに

一番苦しいのは本人のはずなのに

人間だったころの猗窩座のエピソードの中でも、病気の父や恋人を見て感じたことを描いた言葉です。

病で苦しんでいる人を看病していると、いつも謝っているということから出てきたもので、いちばん苦しのは本人なので、謝らずに受け入れればいいのだというやさしさが表現されています。

これは強さを求めるということにもつながり、弱いものを守っていきたいという願いのきっかけでもありますね。

人を支えることを当たり前のことだと表現することで、本当にやさしい人なのだということが感じられるような言葉です。

弱い奴が嫌いだ

弱い奴が嫌いだ

猗窩座がなぜ弱者を嫌うのか、その理由に触れられる名言です。

彼は生まれた時は人間でした。

病弱な父のために罪を重ね、それゆえに絶望的な未来が訪れます。

しかし彼にはやり直す機会が訪れるんです。

父と同じ病弱な少女と出会い、変わっていくのですね。

そんな二人の結末のために猗窩座は鬼となり記憶を失いますが、弱者を罵り強さに固執するのは、この過去が大きくかかわっています。

「弱い奴」というのは自分の大切な人達を奪った相手を表現する言葉ですが、そこには自分をも重ねているように思えますね……。

耐えられない死んでくれ杏寿郎。若く強いまま

耐えられない死んでくれ杏寿郎。若く強いまま

このセリフは、炎柱である煉獄杏寿郎との戦闘中に猗窩座が放った言葉です。

猗窩座は煉獄の強さに感動し鬼になるよう誘います。

人は死んでしまうがために至高の領域にたどり着けず、惜しいと思ったのです。

しかし煉獄は「ならない」とその誘いを断ります。

二人の考え方は違いどこまでも交わらず、この言葉が出るのですね。

煉獄が老いて弱る姿を見るくらいなら強いままで……という歪んだ思いではありますが、虫唾が走ると弱者を毛嫌いしている猗窩座らしい言葉であり名言です。

無惨様がお前に何か命じたか?失せろ

@antz042322

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玉壺の情報を聞きたがってはしゃぐ上弦の弐・童磨の頭を割って吐き捨てた名言「無惨様がお前に何か命じたか?失せろ」。

童磨より下位の上弦の参である猗窩座の対応は、日頃からの確執や因縁を思わせますよね。

本来であれば上位の鬼である童磨が執拗に猗窩座を挑発していることを考えると、このセリフや背景の感情はイメージしやすいのではないでしょうか。

正反対の存在に対する日常的な嫌悪感が自然に表面化している、鬼側の関係性が見える名言です。

おわりに

鬼殺隊の柱を務めた炎柱・煉獄杏寿郎と対峙した、強者として君臨する鬼の猗窩座。

その名言には、武の極みを目指した男の矜持と覚悟が滲み出ています。

厳しい言葉の中に込められた信念は、現代を生きる私たちの心にも響くものがあるのではないでしょうか。