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【高齢者向け】3月の俳句。名句とともに楽しむ春のひととき

3月になると、少しずつ暖かさが増し、春の訪れを感じる瞬間が増えてきますね。

そんな季節の変化を五七五の言葉に込めた俳句は、高齢者の方のレクリエーションにぴったりです。

桃の節句や菜の花、うぐいすの声など、3月ならではの情景を詠んだ名句には、読むだけで心がほっとするような温かさがあります。

今回は、小林一茶や正岡子規といった親しみやすい俳人の作品を中心に、3月の俳句をご紹介します。

懐かしい風景を思い浮かべながら、春のひとときを味わってみませんか?

【高齢者向け】3月の俳句。名句とともに楽しむ春のひととき(21〜30)

すごすごと 摘やつまずや 土筆宝井其角

すごすごと 摘やつまずや 土筆宝井其角

季語は「土筆」で「つくし」と読みます。

春といえば土筆という印象を持っておられる方も多いのではないでしょうか?

土筆は遊びにも使えますし、佃煮にしてもおいしいですよね!

この句はそんな土筆をテーマにした春の句なのですが、楽しげな雰囲気はあまりなく、もくもくとを意味する「すごすごと」があることで、なんとなく土筆をひたすら作業のように集めている様子に感じます。

どうして土筆を摘んでいるのか気になる作品ですよね。

両の手に 桃と桜や 草の餅松尾芭蕉

両の手に 桃と桜や 草の餅松尾芭蕉

春の楽しさを松尾芭蕉がそのまま感じた一句。

芭蕉は、春になると咲き誇る桃の花や桜の花の美しさを感じながら、春の香りや色どりを両手いっぱいに抱えているような気持ちになりました。

そこに登場する「草の餅」は、ヨモギを使って作る春の和菓子で、香りも味も春そのものです。

草餅は昔から春の行事や節句にも食べられてきた、親しみ深い季語です。

この一句を読むと、春の喜びが手のひらにいっぱい集まって、まるで花の色や香り、草餅のやさしい味までを一度に楽しんでいるような、うきうきした気持ちが伝わってきますよね。

芭蕉は、目で見て感じた春の恵みを、やさしい言葉でそのまま包み込んだのです。

故郷や どちらを見ても 山笑ふ正岡子規

故郷や どちらを見ても 山笑ふ正岡子規

春の明るい情景が浮かぶ作品をご紹介しますね。

この俳句は正岡子規が故郷の春を思い詠んだ句と言われています。

季語は「山笑ふ」で、春の山の草花が一斉に芽吹くような、生命力あふれる温かな風景を連想させます。

「どちらも見ても」という言葉で、どこを見ても春の気配が感じられるのだと分かりますね。

春は誰もが心の踊る季節です。

この句を詠んだ正岡子規もきっとそうだったのでしょう。

故郷の春を思いだしふっと目を閉じたくなる作品です。

菜の花や 月は東に 日は西に与謝蕪村

菜の花や 月は東に 日は西に与謝蕪村

江戸時代の俳句の三大巨匠のひとりである与謝蕪村。

俳人でありながら、画家でもあった蕪村の俳句はその情景が絵画の様に浮かび上がってくると評されています。

この句の舞台は現在の神戸市にある六甲山地の摩耶山。

当時の神戸市では菜種油の生産が盛んであり、菜の花畑が一面に広がっていたそうです。

蕪村が摩耶山に山登りをして夕暮れを迎えた時、ふと見降ろした眼下に見える菜の花畑に魅了され、この句を詠んだと言われています。

夕日に照らされた一面の菜の花畑と、夕日の反対にうっすら見える月。

その地に居なかった私たち読者にも、その情景を想像させてくれる句です。

鴬や 障子あくれば 東山夏目漱石

鴬や 障子あくれば 東山夏目漱石

こちらは昭和を代表する文豪として名高い夏目漱石の俳句です。

「鴬や 障子あくれば 東山」は、初句の鶯から、穏やかな春の日を連想させますね。

京都で、鶯の声が聞こえ障子を開けることも、風情を感じます。

障子を開けた先に広がる、思いがけない東山の光景が広がっていたのでしょう。

咲き誇っている桜が、街を流れる川や建物などとまじ合った景色は絶景だと思わされますね。

あまりの美しい景色に、夏目漱石も思わず心を奪われたようです。

思わず俳句を詠んだことも、考えられる一句ですね。

夕ざくら けふも昔に 成にけり小林一茶

夕ざくら けふも昔に 成にけり小林一茶

小林一茶は松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳人のひとりであり、一茶調という独自の俳風を確立しました。

この句は現代語に訳すると、今目の前にある夕方の桜の美しさも、見ているそばから過去になりつつある。

今この瞬間は続かず、はかない美しさなのだという意味です。

忙しい日常の中でもふと立ち止まり、周りの景色や目の前にあるものを見つめる時間の大切さを感じさせてくれます。

そんな心のゆとりの大切さを教えてくれる句ですね。

草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家松尾芭蕉

草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家松尾芭蕉

俳聖と呼ばれる松尾芭蕉。

日本で知らぬ者はいないとされる、もっとも有名な俳人です。

芭蕉は40代のころから旅に出ては俳句を詠む日々を送っており、暖かくなったらまだ見ぬ東北へ旅に出たいと考えていました。

そしてついに決心します。

住んでいた家を売り、旅の費用に充てることにしました。

その時に詠まれたのがこの句です。

現代語に訳すると、このみすぼらしい家とも、いよいよお別れだ。

もしかしたら後で住む人がおひなさまを飾って華やかにすることもあるかもしれないな。

といった、これまでの暮らしを振り返り、まだ見ぬ住人の暮らしを想像した内容になっています。

ここから奥の細道が生まれる旅へつながると想像すると、芭蕉の気持ちの一片が感じとれそうですね。