【高齢者向け】3月の俳句。名句とともに楽しむ春のひととき
3月になると、少しずつ暖かさが増し、春の訪れを感じる瞬間が増えてきますね。
そんな季節の変化を五七五の言葉に込めた俳句は、高齢者の方のレクリエーションにぴったりです。
桃の節句や菜の花、うぐいすの声など、3月ならではの情景を詠んだ名句には、読むだけで心がほっとするような温かさがあります。
今回は、小林一茶や正岡子規といった親しみやすい俳人の作品を中心に、3月の俳句をご紹介します。
懐かしい風景を思い浮かべながら、春のひとときを味わってみませんか?
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【高齢者向け】3月の俳句。名句とともに楽しむ春のひととき(21〜30)
鴬や 障子あくれば 東山夏目漱石
こちらは昭和を代表する文豪として名高い夏目漱石の俳句です。
「鴬や 障子あくれば 東山」は、初句の鶯から、穏やかな春の日を連想させますね。
京都で、鶯の声が聞こえ障子を開けることも、風情を感じます。
障子を開けた先に広がる、思いがけない東山の光景が広がっていたのでしょう。
咲き誇っている桜が、街を流れる川や建物などとまじ合った景色は絶景だと思わされますね。
あまりの美しい景色に、夏目漱石も思わず心を奪われたようです。
思わず俳句を詠んだことも、考えられる一句ですね。
夕ざくら けふも昔に 成にけり小林一茶
小林一茶は松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳人のひとりであり、一茶調という独自の俳風を確立しました。
この句は現代語に訳すると、今目の前にある夕方の桜の美しさも、見ているそばから過去になりつつある。
今この瞬間は続かず、はかない美しさなのだという意味です。
忙しい日常の中でもふと立ち止まり、周りの景色や目の前にあるものを見つめる時間の大切さを感じさせてくれます。
そんな心のゆとりの大切さを教えてくれる句ですね。
草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家松尾芭蕉
俳聖と呼ばれる松尾芭蕉。
日本で知らぬ者はいないとされる、もっとも有名な俳人です。
芭蕉は40代のころから旅に出ては俳句を詠む日々を送っており、暖かくなったらまだ見ぬ東北へ旅に出たいと考えていました。
そしてついに決心します。
住んでいた家を売り、旅の費用に充てることにしました。
その時に詠まれたのがこの句です。
現代語に訳すると、このみすぼらしい家とも、いよいよお別れだ。
もしかしたら後で住む人がおひなさまを飾って華やかにすることもあるかもしれないな。
といった、これまでの暮らしを振り返り、まだ見ぬ住人の暮らしを想像した内容になっています。
ここから奥の細道が生まれる旅へつながると想像すると、芭蕉の気持ちの一片が感じとれそうですね。
薄赤き 顔並びけり 桃の酒正岡子規
正岡子規は、自然やもの事を見たままに描写したような、印象的な俳句を残しました。
「薄赤き 顔並びけり 桃の酒」も、3月の桃の節句にお酒を飲みかわした様子が伺えますね。
お酒を飲んだので、みんな顔が赤くなっているようです。
七段飾りのお雛さまやごちそうを並べて、家族で桃の節句のお祝いをしている風景も感じられますね。
その場の雰囲気が伝わってくるのと同時に、桃の酒とすることで和やかな空間も感じられます。
気候の暖かさと、気持ちの温かさも感じる俳句ですね。
来しかたや 馬酔木咲く野の 日のひかり水原秋桜子
水原秋桜子の俳句「来しかたや 馬酔木咲く野の 日のひかり」をご紹介します。
馬酔木は季語で、春を表していますよ。
馬酔木は、春に白く小さなかれんな花を咲かせますが、この木には毒があり動物も食べません。
この俳句は奈良に訪れていた水原秋桜子が詠んだ俳句でもあります。
奈良の春日大社付近にいる鹿も、馬酔木を食べないのでたくさん生えているそうです。
そのため、馬酔木は奈良を代表する風物となっています。
水原秋桜子自身も、奈良に強い憧れを持っていたので、自分が歩んできた道に馬酔木を入れて俳句の中に読み込んでいたのでしょう。
自分の人生が、春の日差しのようなものだと言えることもすてきですね。



