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【高齢者向け】6月の俳句。有名俳人が詠む風情感じるうつくしい句たち

6月の俳句には梅雨や紫陽花、蛍など、この季節ならではの風情がたっぷり詰まっています。

五月雨や若葉といった季語が織りなす十七音の世界は、読むだけで雨の音やしっとりとした空気が肌に伝わってくるようですね。

高齢者の方にも親しみ深い有名な句から、思わず声に出して味わいたくなる一句まで、6月の季語を使った俳句を多数ご紹介します。

句の背景や作者の思いにも触れながら、日本の言葉が持つ美しさをじっくり楽しんでみてはいかがでしょうか。

【高齢者向け】6月の俳句。有名俳人が詠む風情感じるうつくしい句たち(11〜20)

五月雨や 名もなき川の おそろしき与謝蕪村

五月雨や 名もなき川の おそろしき与謝蕪村

与謝蕪村は江戸時代中期の俳人、文人画家として活躍しました。

この句を現代語に訳すると「梅雨の大雨の中、地図に名前もないような小さな川が、恐ろしいほどの水量で流れている」といった内容です。

普段は穏やかな川も、大雨の影響で増水し、水害などの不安を与える恐ろしい存在になっていることを表しています。

ちっぽけな存在と侮っていたものが、自分たちの存在を脅かすほどに膨れ上がる自然の力の恐ろしさや、そこにいる人間の小ささ、無力さを改めて感じさせる句ですね。

六月の 氷菓一盞の 別れかな中村草田男

六月の 氷菓一盞の 別れかな中村草田男

中村草田男は1901年に中国で生まれ、日本では言うや国文学を研究した人物です。

高浜虚子の門下に入ることで俳句を学び、後に俳人協会初代会長となって俳句界の発展に貢献していきます。

この句は、六月のある日、最後は酒を酌み交わす間もなく、代わりに氷菓子を一緒に食べて慌ただしく別れたよ、という意味です。

男同士が酒ではなく、せわしなくアイスクリームをなめ合っている場面を想像すると、少しだけ、滑稽にも思えますね。

紫陽花に 雫あつめて 朝日かな加賀千代女

紫陽花に 雫あつめて 朝日かな加賀千代女

加賀千代女は1703年に現在の石川県白山市辺りに生まれ、幼いころから俳諧に親しみ、湊町本吉などの俳人たちに学んでいたと伝えられています。

この句は、雨上がりの朝、庭に紫や青などの紫陽花が咲いている。

朝日が差し込み、しずくがついている紫陽花が太陽の光を受けて、キラキラと輝いていてとても美しい、という意味です。

現在のように娯楽が多くはない時代であっても、当時の人は自然の調和がもたらす美しさを感じ、楽しみ、表現するといった、すてきな感性があったのかもしれませんね。

かたまるや 散るや蛍の 川の上夏目漱石

かたまるや 散るや蛍の 川の上夏目漱石

夏目漱石は「吾輩は猫である」などで有名な小説家であり、近代日本文学の文豪の1人です。

漱石は大学時代に出会った正岡子規の影響を強く受け、俳句を学びました。

この句の「かたまるや」「散るや」といった表現では、ホタルが群れて1つ光のかたまりになったかと思いきや、次の瞬間にははじけるように散っていく。

その一瞬のはかない美しさが夜の川の上で展開されているといった、夏の夜の一瞬を切り抜いたような、言葉で自然を見事に表現した句となっています。

滝の上に 水現れて 落ちにけり後藤夜半

滝の上に 水現れて 落ちにけり後藤夜半

後藤夜半は明治から昭和にかけて活躍した大阪生まれの俳人で、喜多流の能楽師で人間国宝の後藤得三、喜多流十五世宗家の喜多実の兄としても有名です。

水はひとところに留まるものではなく、常に流れているものです。

滝の始まりから水がどんどんと現れては落ちていき、下の滝つぼにもたくさんの水があって、流れています。

ずっと見ていると、同じ光景に見えるけれども、流れているその水は、先ほど見た水ではありません。

それでも滝は流れ続けています。

という、変わり続けながらそこに存在する滝を表現しています。

見方を変えることで、考えされられる内容になっていますね。