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【洋楽】ポストハードコアとは~代表的なバンドまとめ

洋楽や邦楽を問わず、エモやラウドといった形で紹介されるバンドをお好きな方であれば、一度は「ポストハードコア」なるジャンルを目にしたことがありますよね。

1970年代後半から始まったハードコアパンクを出自とするバンドたちの中で、既存のハードコアに収まりきらない独自の音を鳴らす面々が「ポストハードコア」と呼ばれるようになったのですが、さらにエモコアやスクリーモなどの派生ジャンルが生まれ、2000年代以降はより広い意味で使われており、定義付けが非常に難しいジャンルです。

今回の記事では、そんなポストハードコアの形成という意味で重要な役割を果たした、1980年代から1990年代にかけてデビューしたバンドを一挙紹介します!

【洋楽】ポストハードコアとは~代表的なバンドまとめ(1〜10)

If It Kills YouDrive Like Jehu

アメリカはカリフォルニア州、サンディエゴには独自のパンク~ハードコアシーンが存在しており、個性的なバンドが多く誕生しています。

ポストハードコアの歴史を眺めてみると、フガジを中心とするワシントンハードコアシーンとはまた違った魅力を持つバンドたちが活動していたのですね。

そんな独自のシーンを象徴する最も著名なバンドの一つが、1990年から1995年まで活動したドライヴ・ライク・ジーヒューです。

ポストハードコア黎明期の1980年代後半に活躍していたピッチフォークというバンドのメンバーが結成、リリースしたアルバムはたったの2枚ですが、フガジやジョーボックスといったレジェンドたちと同じく後続のエモコアやポストハードコアのバンドたちに強烈な影響を及ぼしたのです。

ツインギターから生まれる既存のロックやパンクのパターンからは逸脱した変則的なフレーズの絡み合い、複雑に展開するアンサンブルを支えるベースとドラム、メロディと絶叫の間のような歌唱といったスタイルはまさにポストハードコアの原型と呼べるものでしょう。

彼らからの影響を口にするミュージシャンは多く存在していますが、ここで強調しておきたいのは短命に終わったカルト的人気のバンドというだけではなく、メンバーの何人かはその後も音楽シーンの中で大いに活躍したことは強調しておきたいですね。

リズムギタリスト兼ボーカリストのリック・フローバーグさんは、メジャーシーンでも活躍したロケット・フロム・ザ・クリプト、インディーズに戻った後もホット・スネイクスといったバンドで活躍。

ドラマーのマーク・トロンビーノさんはプロデューサーとして大成し、ジミーイートワールドやミネラルといった90年代エモコアの超名盤を世に送り出し、2000年代以降もエモやポップパンク系のバンドたちのアルバムを多く手掛けていますよ。

Rather Be DeadRefused

REFUSED – Rather Be Dead (Official Video)
Rather Be DeadRefused

スウェーデンが世界に誇る伝説的なニュースクールハードコア~ポストハードコアバンド、リフューズド。

ザ・(インターナショナル)・ノイズ・コンスピラシィなど複数のバンドでも活躍するスウェーデンハードコアのカリスマ的な存在のフロントマン、デニス・リクセゼンさんを中心として1991年に結成されたリフューズドは、1998年に解散するまでに3枚のアルバムをリリース。

2010年代にはまさかの再結成を果たして奇跡的な来日が実現、2枚の新作アルバムも発表しています。

そんな彼ら、最初期はハードコアパンクの影響下にある荒々しい音を鳴らしていたのですが、1996年のセカンドアルバム『Songs to Fan the Flames of Discontent』からメタリックなギターが盛り込まれ、デニスさんのボーカルもより激しいシャウトへと変化、いわゆるニュースクールハードコアにおける傑作の誉れ高い名盤を生み出しました。

作品をリリースするごとにさまざまな音楽的実験を繰り返してきた彼らの集大成となったのが、1998年リリースの傑作サードアルバム『The Shape of Punk to Come』です。

インダストリアルやエレクトロニカにポストロック、ジャズなどの要素も大胆に導入された独創的なハードコアはまさに「ポストハードコア」であり、凡百のポストハードコアとは全く違う次元に達したフリーキーな音楽性は世界中の音楽ファンやミュージシャンたちに衝撃を与えたのです。

デニスさんは左派思想の持ち主でもあり、権力や資本主義に対する痛烈な批判といったテーマも掲げており、膨大な知識に裏打ちされたインテリジェンスな小説や映画からの引用なども彼ら独自の音楽性を特徴づけるものですね。

前述した再結成後の作品も素晴らしいものですから、合わせてチェック必須です!

ScrapeUnsane

UNSANE – “Scrape” (Official Music Video)
ScrapeUnsane

今まで紹介してきたポストハードコアと呼ばれるバンドたちとはまた違った、むしろ異質な存在と言えるかもしれません。

ニューヨークの地下シーンが誇る「ノイズロックの帝王」ことアンセインは、唯一のオリジナルメンバーであるクリス・スペンサーさんを中心とするトリオ編成として1988年に結成されました。

1991年にアメリカンインディーズシーンにおける重要なレーベル、マタドール・レコードより発表されたセルフタイトルのデビュー作は、アルバムジャケットの強烈なアートワークを見るだけでもその危険度が匂い立ってくるような代物。

狂気的なボーカル、メタリックかつノイジーなギターリフ、重々しいベース、攻撃的なドラムスが三位一体となって迫りくる轟音は、ハードコアでもありメタルでもあり、そのどちらでもないような個性がこの時点で際立っています。

近しい存在として引き合いに出されることの多いヘルメットなどのオルタナティブメタル系のバンドと比べると、アンセインの作り出すどろどろとした音世界はとにかく生々しく、悪趣味とも言えるアートワークも含めて触れたら怪我をしそうな緊張感が本当にすさまじい。

その凶悪ぶりと殺伐としたカオティックなサウンドは「ジャンク」とも呼ばれ、ハードコアという音楽ジャンルのまた違った可能性を感じさせるものでした。

長きに渡る活動の中でリリースされた作品群の基本路線は不変ながら、ロックンロール的なギターソロやブルージーなパートも盛り込まれるなど、混沌一辺倒だけではない懐の広さも感じさせるのが肝と言えますね。

聴き手を選ぶ音ですが、興味のある方は恐れず手に取ってみてください!

NubTHE JESUS LIZARD

The Jesus Lizard – Nub – Music Video
NubTHE JESUS LIZARD

恐ろしいほどの緊張感、ひりついた空気が支配する強烈極まりない独自のヘヴィネスを追求し続けたザ・ジーザス・リザード。

テキサス出身のメンバーによって1987年に結成され、活動初期の段階でシカゴへと移住、あのニルヴァーナの『In Utero』を手掛けたことでも知られる名エンジニアのスティーヴ・アルビニさんと組んでインディーズシーンにおいて強烈な存在感を放ちます。

アメリカの著名なインディーズレーベル「Touch and Go」にてアルビニさんとともに発表した4枚のアルバムはどれもバンド独自の世界観が生み出した異形のヘビーサウンドが素晴らしく、同時に多くの人が楽しめるような内容とは言えない、まさに90年代アンダーグラウンドな音楽性です。

フロントマンのデヴィッド・ヨウさんによる狂気的なヴォーカル、ロック的なアプローチとは一線を画すポストパンクからの影響も感じさせる変則的なギタープレイ、グルーヴの中心としてサウンドを引っ張るベース、無機質なドラムスによるバンドアンサンブルは今聴いても衝撃的ですね。

メンバーのプレイヤーとしてのスキルも高く、スプリット盤をリリースしたニルヴァーナを始めとして多くのアーティストたちが影響を受けています。

メジャー進出後の2枚のアルバムは比較的聴きやすい作風へとシフトしていますが、それでもバンドの持つ狂気は変わらず、ミリオンセラーを出せるようなバンドではないというメンバー自身の言葉通りの音楽性を貫いたのです。

This Ain’t No PicnicMinutemen

アメリカはカリフォルニア州出身のミニットメンは、1980年の結成から5年程度の短い活動期間ながら後のポストハードコアやオルタナティブロックに影響を与え、まさにパンクやハードコアの次なる展開をいち早く提示していたバンドです。

2005年にはバンドのドキュメンタリー映画『WeJam Econo – The Story Of The Minutemen』が公開されていることからも分かるように、彼らがシーンに与えたインパクトは非常に大きなものだったのですね。

そんな彼らは80年代ハードコアシーンのカリスマ、ブラックフラッグのグレッグ・ギンさんが運営するレーベル「SSTレコーズ」にて1981年にデビューアルバム『The Punch Line』をリリースします。

一曲目からファンキーなギターのカッティングとうねるようなベースライン、しなやかなドラムスが織り成すトリオならではの隙間の多いアンサンブルから生まれる独自の楽曲にハードコアというイメージで作品を手にした方は思わず驚かれるのではないでしょうか。

独自のセンスと高い演奏技術を武器としてシーンにおいて知名度を上げていく彼らの集大成的なアルバムは、やはり1984年にリリースされた怒涛の4枚組という大作『Double Nickels on the Dime』でしょう!

ジャズやファンク、スポークンワードなどハードコアの枠内から大きく足を踏み外したような音楽性、社会問題に言語学など幅広いテーマを掲げた歌詞といった要素を内包した楽曲群はまさにミニットメン独自の音世界であり、1980年代のアメリカにインディーズシーンにおける素晴らしい偉業を成し遂げたのですね。

残念ながら1985年にフロントマンのD・ブーンさんが事故でこの世を去ってしまい、バンドは解散を余儀なくされてしまいます。