沢田研二の人気曲ランキング【2026】
沢田研二さんの人気曲を集めたランキング集です。
ザ・タイガース解散後にソロデビューし、軍服を着たり、パラシュートを背負ったり、シースルーの衣装で登場したりとお茶の間を騒がせまくりました。
また現在でもコンスタントにアルバムを発売し続け現役のミュージシャンとしてばりばり活躍されています。
沢田研二の人気曲ランキング【2026】(31〜40)
おまえがパラダイス沢田研二31位

シングル第32作。
作詞に初めて、一連のアイドル歌謡に詞を提供していた三浦徳子が起用されました。
曲調のはガラリとハードロック路線への変貌を見せ、バックバンドと絡み合うパフォーマンスや中低音でシャウトする歌唱は、明らかにひとつのターニングポイントとなるものとなりました。
むくわれない水曜日沢田研二32位

ヒット曲が次から次へと恵まれていたジュリーも、やはり私生活では伊藤エミさんとの離婚や現奥様との(女優の田中裕子さん)は不倫関係に決着が着いた1989年に出されたアルバム「眠れない夜」の中の一曲で、こんな経験はあるかもしれませんね。
年下の女性から好意を抱かれたけど、遊びならいいけど、真剣な恋は困る、しつこい電話に嫌気がさしている男のズルさが出ている曲です。
でも、ジュリーにはピッタリの曲です。
立ちどまるなふりむくな沢田研二33位

1976年、「時の過ぎゆくままに」の次にリリースされたシングルです。
自身の最大のヒットとなった「時の過ぎゆくままに」と同じく、作詞阿久悠、作曲大野克夫のゴールデンコンビの作品ですが、オリコン最高位8位と、名曲の影にかすんでしまった、隠れた名曲です。
麗人沢田研二34位

1982年にリリースされた35枚目のシングル。
ジュリー本人が作曲を担当し、作詞は阿久悠。
ジャケット写真は、横尾忠則や、丸尾末広のような、大正ロマンとポップカルチャーを融合したようなデザインになっています。
20万枚を売り上げるスマッシュヒット作品。
さよならをいう気もない沢田研二35位
シングル第18作。
リズミカルなロック、ポップスと情感あふれるバラードが織り交ざってリリースされるパターンの中で、その両方の要素がうまく融合した楽曲。
サビのハイトーンが鮮烈で、ものまねの題材にもよく使われています。
ヤマトより愛を込めて沢田研二36位

沢田研二さんの通算24作目のシングルで、1978年8月1日リリース。
当時の大ヒットアニメ『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の主題歌でした。
本稿執筆の2022年現在で50代の方なら、このアニメに夢中になった方も多いのではないかと思います。
敵の攻撃を受けて満身創痍のヤマトが敵の超巨大戦艦に特攻をかけて地球を救うという衝撃的なラストシーンが印象的なアニメでした。
筆者がこのアニメを劇場で見たのは、たしか小学四年生の時でしたが、今でもこのシーンがとても記憶に残っています。
ヤマトの自爆とともにこの曲が流れたこともあって、とても思い出深い曲となっています。
巴里にひとり沢田研二37位
1975年5月にリリースされたソロ13枚目のシングルです。
同年1月に同曲のフランス語バージョンをヨーロッパ8カ国でリリースし世界デビューを飾っています。
フランスではチャート4位を獲得し、20万枚を売り上げる大ヒットとなりました。
メロウでロマンチックなミディアムバラード。
愛の逃亡者沢田研二38位
1974年にリリースされたシングルで、世界進出を視野にいれ、A面の「愛の逃亡者」も、B面の「アイ・ウォズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」も全編英語で歌っています。
エキゾチックなメロディとスカのリズム、「ウーハッ」という掛け声など、トリッキーな作品に仕上がっています。
死んでもいい沢田研二39位
1970年にザ・タイガース解散、1971年に開始した新バンドPYGが空中分解し、ソロ歌手となったジュリーのソロ4枚目のシングルです。
1972年にリリースされました。
情熱的な、泣きメロディーの歌謡ロックバラードです。
許されない恋沢田研二40位
沢田研二の2枚目のシングルとして1972年に発売されました。
沢田にとっては、オリコンで初めてのベスト10入りを果たした曲で、第14回日本レコード大賞では歌唱賞を受賞、第5回日本有線大賞では優秀賞を受賞しており、「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たしました。







