沢田研二の人気曲ランキング【2026】
沢田研二さんの人気曲を集めたランキング集です。
ザ・タイガース解散後にソロデビューし、軍服を着たり、パラシュートを背負ったり、シースルーの衣装で登場したりとお茶の間を騒がせまくりました。
また現在でもコンスタントにアルバムを発売し続け現役のミュージシャンとしてばりばり活躍されています。
沢田研二の人気曲ランキング【2026】(41〜50)
愛の逃亡者沢田研二41位
1974年にリリースされたシングルで、世界進出を視野にいれ、A面の「愛の逃亡者」も、B面の「アイ・ウォズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」も全編英語で歌っています。
エキゾチックなメロディとスカのリズム、「ウーハッ」という掛け声など、トリッキーな作品に仕上がっています。
死んでもいい沢田研二42位
1970年にザ・タイガース解散、1971年に開始した新バンドPYGが空中分解し、ソロ歌手となったジュリーのソロ4枚目のシングルです。
1972年にリリースされました。
情熱的な、泣きメロディーの歌謡ロックバラードです。
許されない恋沢田研二43位
沢田研二の2枚目のシングルとして1972年に発売されました。
沢田にとっては、オリコンで初めてのベスト10入りを果たした曲で、第14回日本レコード大賞では歌唱賞を受賞、第5回日本有線大賞では優秀賞を受賞しており、「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たしました。
AMAPOLA沢田研二44位

シングル第43作。
原曲はスタンダードナンバーとして知られ、1984年のアメリカ映画「Once upon A Time in America」の挿入歌に使われたものを国内公開に向けたイメージソングとしてカバーしました。
沢田のA面曲としては初のカバー作品で、資生堂のCMソングとしても歌われました。
それまでのロック志向から180度の転換を図った上に話題性もあったものの、セールスは低調に終わり、結果的にポリドールからの最後のシングルリリースとなりました。
『勝手にしやがれ』替え歌『定年きやがれ』沢田研二45位

相手との気持ちのすれ違いや後悔、心に固めた決意などの感情が歌われた名曲『勝手にしやがれ』の替え歌『定年きやがれ』のアイデアをご紹介します。
別れ際の心情や、相手へ向けた自分なりの愛についてが歌詞のポイントとなっている『勝手にしやがれ』ですが、『定年きやがれ』は定年前に老後の生活のことも考え始めるであろう方々に響くリアルな歌詞が魅力です。
貯金に関することや健康に関することなど、心配事はつきませんが前向きな歌詞に励まされますよね。
おまえにチェックイン沢田研二46位

シングル第36作。
ポリドール・レコード内に新設された「ジュリー・レーベル」からの第1弾。
ジャケットには「SONGS by KENJI SAWADA with EXOTICS」と表記され、バックバンドの存在をより強調する姿勢がうかがえます。
白いインディアンの羽根飾りにインディアン風の顔面ペイントを施して歌いました。
ウィンクでさよなら沢田研二47位

シングル第16作。
アーティストとして絶頂期にさしかかりつつあった荒井由実の歌詞提供を受け、「ルージュの伝言」を思わせるようなリズムやコーラスワークの軽快なポップスに仕上がった。
なお、荒井由実が17歳の時に作曲家でデビューするきっかけを作ったのは、沢田のかつての盟友である加橋かつみなんです。
Long Good-bye沢田研二48位

1971年1月24日のザ・タイガース解散以来交流の途絶えていた、ドラマー瞳みのるへ向けて発信されたメッセージソング。
2008年、還暦を迎えた沢田がNHK「SONGS」で歌ったことをきっかけにその3年後、瞳の復帰〜ザ・タイガース再結集が実現しました。
実際の出来事をを交えた瞳への呼びかけに終始する歌詞となっており、人づてにこの番組のことを聞いた瞳は感激して復帰を考えるようになったというエピソードがあります。
あなたへの愛沢田研二49位
1973年にリリースされたソロ5枚目のギターです。
スライドギターにホーンセクションなどがフィーチャーされた、洋楽的なサウンドの、温かみのあるラブバラードになっています。
ジュリーの少年っぽさの残るボーカルにキュンとなります。
ダーリング沢田研二50位

シングル第23作。
水兵風の衣装で激しいリズムの歌を熱唱する。
サビにおける畳みかけるようなフレーズの連続は、沢田の楽曲の典型パターンのひとつとなりました。
自身5曲目のオリコン週間チャート1位を記録しました。






