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昭和初期の春の歌。春を感じる歌謡曲や唱歌まとめ

あなたは昭和初期というと、いつくらいの時代をご想像されるでしょうか?

本特集では、戦前から戦後直後の昭和初期に絞って、その頃の流行歌や唱歌、童謡を中心に楽曲をセレクトしてみました。

できるだけ「昭和のレトロ感」的なものをお楽しみいただきたいと考え、リンクの音源動画資料もなるべく原曲のオリジナル音源を選ぶように心がけています。

レトロなモノラルの音質とともに昭和初期の春の空気をお伝えできれば幸いです。

あの時代を思い出しつつ、ぜひ、みなさん一緒に口ずさみながらお楽しみください!

昭和初期の春の歌。春を感じる歌謡曲や唱歌まとめ(1〜20)

春の唄月村光子

1937年、昭和12年に発表された『春の唄』は、戦前にラジオを使って国民に向けた健全な歌の普及活動として放送された歌「国民歌謡」の一つとして大ヒットした、昭和初期の代表的な春の曲です。

歌唱を担当したのは、当時は東京音楽学校の教師であり、歌手としてレコードの吹込みを行っていた渡辺光子さん。

『春の唄』を発表した時点では結婚後という背景もあって月村光子名義となっていますが、渡辺さんは多くの芸名を使い分けていた女性歌手としても知られているのですね。

そんな渡辺さんの華やかな歌唱と春の訪れを迎えて楽しそうな町の人々を描いた歌詞が、いつの時代にも何となく浮かれてしまう春という季節の変わらぬ雰囲気を伝えてくれるのです。

春の哀歌荘司史郎

昭和初期の空気を今に伝える『春の哀歌』は、荘司史郎さんが心を込めて歌った名曲です。

1934年、時代の波に身を任せながらも、失われた愛と春のはかなさを象徴する花に託して訴えかけるこの楽曲は、その後の音楽シーンを彩る礎となりました。

別れの痛み描き出した歌詞に、荘司史郎さんの声が寄り添い、心に染みる歌唱に仕上がっています。

どなたにとってもどこか懐かしく、胸に迫る思いを感じ取れるはず。

アコーデオンの春中野忠晴

中野忠晴さんの『アコーデオンの春』は、昭和初期の歌謡曲の伝統を感じさせる素晴らしい選曲です。

2021年7月28日に発売されたアルバム『音故知新 昭和の名歌手 中野忠晴』にも収録されている本作。

海外の軽音楽風の旋律が特徴で、その牧歌的な雰囲気は、多くの春の日々を通り抜けてきたような趣深さを持っています。

やわらかな春の日差しの下、新しい季節の訪れを感じながらお楽しみいただきたいですね。

みかんの花咲く丘川田正子

1946(昭和21)『みかんの花咲く丘』唄:川田正子
みかんの花咲く丘川田正子

戦後から1年が過ぎた昭和24年の8月25日に発表され、戦後に発表された童謡としては最もヒットした曲と言われるほどの人気を誇るのが『みかんの花咲く丘』です。

みかんと言えば冬の果物というイメージですが、みかんの花が開花する時期は5月ということで、みかんの花に着目したこちらの『みかんの花咲く丘』は、まさに春の童謡なのですね。

音楽雑誌『ミュージック・ライフ』編集長の加藤省吾さんが作詞を務め、作曲は海沼實さんが担当。

歌唱を担ったのは、童謡歌手として絶大的な人気を誇った当時12歳の川田正子さんです。

川田さんが出演するラジオ向けの曲として誕生したのですが、何と楽曲が完成したのは放送が行われる前日だったというのですからすごいですよね。

加藤さんの出身地でもある静岡県には複数の歌碑も存在していますから、この曲のバックグラウンドを深く知りたい方はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

すみれの花咲く頃宝塚少女歌劇 月組

宝塚歌劇団の象徴する代表曲として知られる『すみれの花咲く頃』は、まさに昭和初期の息吹を感じられる春の名曲ですよね。

宝塚歌劇100周年を迎えた記念すべき年、2014年には阪急電鉄宝塚本線の宝塚駅にて発車メロディとして起用されるなど、その関係性は非常に深いものがあります。

実はこの楽曲、宝塚歌劇団のオリジナルソングというわけではなく原曲が存在することを皆さんはご存じでしょうか。

もともとは1928年にドイツにて発表された『再び白いライラックが咲いたら』という楽曲がオリジナルであり、ヨーロッパ各国でそれぞれの言語を用いたカバーの中でもフランスで『白いリラが咲くとき』として翻訳され、ちょうどヨーロッパに滞在中だった宝塚歌劇団の演出家、白井鐵造さんの手によって持ち帰られた曲の中に『白いリラが咲くとき』が含まれていたのですね。

日本で歌われる際に「すみれ」へと置き換えられたのは、日本人にとってなじみの深い花として選ばれたとのことです。

そんな歴史的な背景を思い浮かべながら、原曲との違いを聴き比べてみるのもおもしろいですよ!