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素敵なシニアライフ

【高齢者向け】春の俳句。春のレク

春は、新しい始まりを感じさせる季節です。

暖かな日差しや色とりどりの花が頭に思い浮かびますよね。

自然と外へ出たくなる時期でもあります。

そんな春の訪れを、俳句を通じて楽しんでみませんか?

俳句は、五七五のリズムで季節の風景や気持ちを表現する、日本ならではのすてきな文化です。

特に高齢者の方にとって、昔を懐かしみながら言葉を紡ぐことは、脳の活性化にもつながります。

春の美しさを感じながら、楽しく俳句を詠むことに挑戦してみませんか?

【高齢者向け】春の俳句。春のレク(41〜50)

薄暑来ぬ 人美しく 装へば

薄暑来ぬ 人美しく 装へば

昭和を代表する女性俳人の星野立子が詠んだ俳句です。

薄暑と書いてはくしょと読みますが、5月初旬の立夏を迎えてから下旬頃までの時期を指します。

ぽかぽかと暖かな春が過ぎ、暑さを感じられる頃のようです。

星野立子がパリに行ったときのことを詠んだもので、パリの街に1人だけ着物を着ている様子だそうですよ。

暑さを感じられる時期の着物姿からは、りんとした美しさを周りの方も感じていたことでしょうね。

さらに異国の地の風景に、着物が映えていた様子も感じ取れる俳句です。

門川に 流れ藻絶えぬ 五月かな

門川に 流れ藻絶えぬ 五月かな

5月というとみなさんはどんなイメージがありますでしょうか?

新緑が美しく穏やかな気候など、爽やかさも感じる季節のイメージがある方もいることでしょう。

河東碧梧桐が詠んだ「門川に 流れ藻絶えぬ 五月かな」からも5月の雰囲気が感じられますよ。

河東碧梧桐は、明治から昭和にかけて活躍した俳人で、正岡子規のとくに優れた弟子として高浜虚子と並び称されています。

俳句からは、5月の太陽の光に反射して、キラキラと光る門川。

川の中にある藻も、さらに川の美しさを演出しているようですね。

雀らも 海かけて飛べ 吹き流し

雀らも 海かけて飛べ 吹き流し

こちらの俳句は、昭和に活躍した俳人、石田波郷が詠んだ俳句です。

俳句の中に吹き流しが出てくることから、こいのぼりが大空を泳いでいる頃を想像できますね。

石田波郷はこの俳句に、自分の子供の明るい未来への希望が込められています。

この俳句を詠んだ頃に、石田波郷に長男が生まれ太平洋戦争があり、戦争に招集されました。

もしかしたらもう会うことがない子供を思って俳句を作ったのでしょう。

石田波郷は雀を子供の姿に見立て、海を力強く健やかに飛んで行ってほしいといったエールを、俳句を通して伝えていますよ。

ほろほろと 山吹散るか 滝の音

ほろほろと 山吹散るか 滝の音

こちらは江戸時代の俳人松尾芭蕉が、吉野川の上流にある西河の滝で休みながら詠んだ句で俳諧紀行『笈の小文』に収録されています。

激しい音をたてて雪解け水を落としていく滝と、ソフトで温かい色合いの山吹がほろほろと音もたてずに散っていくさまの対比はとても印象的で、その瞬間が切り取られた動画のように目の前に浮かんできそうです。

芭蕉の句は動画や写真がなかった時代に、その句を見るだけでみんなにそんな風景を思いおこさせるすばらしいものですよね。

山路来て 何やらゆかし すみれ草

山路来て 何やらゆかし すみれ草

こちらは野ざらし紀行におさめられている松尾芭蕉のつくった俳句です。

有名な句なので聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

春の山路を歩いていると、すみれの花が咲いているのに気づき、何とも心ひかれるといった内容です。

芭蕉の着目点や、心ひかれるさまがすてきだなあと感じますよね。

このすみれを見かけたのは京都から伏見を通り、大津へ抜ける道だったそうです。

この句にちなんで山歩きしてみるのもいいかもしれませんね。

手折らるる 人に薫るや 梅の花

手折らるる 人に薫るや 梅の花

江戸時代の女性の俳人、加賀千代女の作品の一つがこちら。

彼女は52歳の時に出家し尼になりました。

彼女のもっとも有名な句は、朝顔やつるべとられてもらひ水、だといえば、なるほどと思う方も多いかもしれません。

この梅の句は、梅が香りを特に重んじられる花だということがよくわかる句です。

梅の姿はなくとも、手折った人から梅の香りがしてくるというのはとてもロマンチックですよね。

これこそ江戸時代の匂わせかもしれません。

春たちて まだ九日の 野山かな

春たちて まだ九日の 野山かな

こちらは江戸時代の偉大な俳人松尾芭蕉の句で、立春を9日すぎた野山の様子を詠っています。

暦の上では立春を過ぎていても、完全に春というわけではなく冬の気配も十分に残している野山、とはいえ注意深くみてみるとそこここに春の気配も感じるという味わい深い内容となっています。

四季を愛し、四季の変化に敏感な日本人なら肌感覚でわかる、そんな俳句ではないでしょうか。

現代人もこの俳句を思い出す瞬間が生活の中にあるはずです。